弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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学校事故をめぐる令和4年の3判例の比較

1 はじめに

 スポーツの近時事故判例紹介①~③において、令和4年に判決言い渡しがあった3つの判例をとり上げました。これら3つの判例は、いずれも学校で起きた事故(学校事故)でした。以下では、事故態様、事故日、原告・被告、傷病結果、請求額、認容額、過失相殺、既払金、基礎収入、主たる争点を表にまとめた上で、学校事故の被災者の立場に立って、損害賠償や事故補償に関する注意点を述べたいと思います。

 

2 令和4年の学校事故判例の比較

参照ブログ

近時判例紹介①

近時判例紹介②

近時判例紹介③

判例

福岡地裁久留米支判R4.6.24

福岡地裁小倉支判R4.1.29

金沢地判R4.12.9

事故態様

ゴールポスト転倒
事故(体育授業)

硬式球直撃事故
(野球部)

河川転落事故
(野球部)

事故日

H29.1.13

R1.8.8

H29.11.5

原告*

市立小学校4年生

県立高校2年生

県立高校1年生

被告

大川市(福岡県)

福岡県

石川県

傷病結果

死亡

後遺障害11級

死亡

請求額**

X1:2160万円

2492万円

X1:2723万円

 

X2:2160万円

 

X2:2723万円

認容額**

X1:1830万円

2261万円

X1:1155万円

 

X2:1830万円

 

X2:1155万円

過失相殺

なし

なし

3割

既払金***

2800万円

310万円

2800万円

基礎収入**

H28賃金センサス男子全年齢学歴計(549万円)

H30大学卒男性全年齢平均賃金(668万円)

H29賃金センサス学歴計男子全年齢平均(551万円)

主たる争点

・校長の義務違反
・損害額
・過失相殺

・顧問教諭の職務の違法性
・過失相殺
・損害額

・担当教諭の注意義務違反
・損害額
・過失相殺

*事故当時の学年 ** 1万円未満は切捨て ***訴えた時点での既払金(損害額から控除される額)

3 学校事故をめぐる令和4年の3判例について 

 学校事故をめぐる令和4年の3つの判例を検討しましたので、この機会に学校事故の被災者の立場に立って、損害賠償や事故補償について注意すべき点を述べたいと思います。

(1) 国公立か私立かによって、請求の相手方が異なる 

 上記の3判例はいずれも地方公共団体が被告となっています。学校事故をめぐって損害賠償請求をする場合、その請求の相手方は、私立学校か国公立学校かによって異なります。というのも、損害賠償に関する法的根拠が私立学校では民法、国公立学校では原則として国家賠償法(以下「国賠法」)になるからです。 
 国賠法1条1項は、「公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と定め、同条2項は、「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」としており、これらの条項の解釈として、判例通説は公務員個人は損害賠償責任を負わないとしています(その趣旨は、公務員が責任を負うとすると職務に委縮効果が生じるからとされています)。
 すなわち、私立学校における事故と異なり、国公立学校における事故の場合には、担当教員や学校長に対する請求はできず、学校設置者である国や公共団体にのみ請求ができるのです。ただし、公務員に故意又は過失があった場合には、損害の賠償をした国又は公共団体は当該公務員に求償することができます(同条2項)。 
 この点、那須雪崩事故(2017年)の損害賠償請求事件に関する判決(宇都宮地判R5.6.28判タ1516・188 /092200_hanrei.pdf (courts.go.jp))があり、判決では県(および高体連)の責任を認めたものの、教員個人の責任を認めませんでした。判例通説に従えば、教員個人への請求は当然に認められないということになりますが、私立学校の場合に教員個人が責任を負うことからすると、議論の余地があるところだと思います。

(2) 災害共済給付金の受給について 

 上記3判例の事件において、原告が裁判を起こした時点で既払金、すなわち災害共済給付金等を受けています。ここで、災害共済給付金制度について述べておきます。同制度は、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)と学校設置者との契約により、学校(保育所・幼稚園~高等学校・高等専門学校等)の管理下における児童生徒等の災害(負傷、疾病、障害又は死亡)に対して災害共済給付を行うもので、この制度の運営に要する経費を国、学校設置者及び保護者の者で負担する互助共済制度です。詳しくは、災害共済給付 (jpnsport.go.jp) をご覧いただくとして、以下、注意すべき点を述べておきます。

ア 学校の責任の有無にかかわらず、また国公立、私立にかかわらず、給付対象 

 損害賠償請求をする場合には、原則として、請求の相手方の過失や注意義務違反等の立証をする必要がありますが、災害共済給付金制度は、学校の責任の有無にかかわらず(過失や注意義務違反の立証を要せず)、国公立、私立にかかわらず、学校管理下の事故であれば、給付の対象となります。

イ 給付の対象となる「学校管理下」の範囲 

 災害共済給付金は「学校管理下」の事故でないと給付を受けることができません。そこで「学校管理下」の意義が重要となります。「学校管理下」とは、授業中のみならず、課外指導中(学校の教育計画に基づく)、休憩時間中・特定時間中(始業前、放課後等)、通常の経路・方法による通学中が含まれるとされています。なお、学校管理下か否かは、災害共済給付金を受けられるか否かに関わりますので、しっかりと確認して下さい( 給付対象範囲 (jpnsport.go.jp) )。

ウ 被災者に生じた全ての損害を補償するものではない 

 被災者には、通常、財産的損害、精神的損害が生じ、財産的損害には、積極損害(実際に出捐した損害)と消極損害(事故がなかったら得られていたであろう利益(逸失利益)に該当する損害)があります。これらの損害を、災害共済給付金が全てカバーしているわけではありません。積極損害である医療費についても一部が支払われるにすぎず、障害が生じた場合にはその障害の等級に応じて障害見舞金が4000万円~88万円(通学中の事故は2000万円~44万円)が支払われるに止まります。
 上記3判例の事案のように、重度の障害や死亡の場合には、災害共済給付金によってカバーされない損害の賠償を求めることも訴訟を提起する動機のひとつといえるでしょう。

エ 障害見舞金における障害等級認定が裁判所の認定に影響 

 上記硬式球直撃事故判決において、裁判所は、JSCによる後遺障害等級11級との認定をそのまま認定しています。このケースのように、JSCの後遺障害認定は後に裁判を提起する場合にも重要となりますので、証拠資料を提出の上、適正な後遺障害認定を獲得する必要があるといえます。
 なお、認定された後遺障害等級が適正ではないため給付金に不服がある場合には、不服審査請求制度( JSCの災害共済給付の決定不服審査請求規程 )の利用を検討してもよいかもしれません。
 また、災害共済給付において採用されている障害等級表は、交通事故実務において採用される後遺障害別等級表・労働能力喪失率(自動車損害賠償保障法施行令別表)とほぼ同じ内容となっています。

オ 消滅時効に注意

 災害共済給付を受ける権利は、その給付事由が生じた日から2年間行わないときは、時効により消滅するとされています。時効についても、災害共済給付金を受けられるか否かに関わりますので、しっかりと確認して下さい( 請求と給付 (jpnsport.go.jp) )。

4 おわりに 

 今回は、学校事故をめぐる令和4年の3判例を比較しつつ、損害賠償請求の相手方や学校事故における災害共済給付制度金制度等について検討しました。とりわけ、学校事故をめぐって災害共済給付を受ける際には注意すべきポイントが少なからずあるので、参考にしていただけると幸いです。

 

【参考】<国家賠償法> 

第1条
1 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介③(河川転落事故/金沢地判R4.12.9)

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第3回目は、金沢地判R4.12.9(判例秘書LLI/DB L07751259)をとりあげます。

 

2 事案の概要

 本件は、B高等学校の生徒であり、同校の野球部に所属していた高校1年生のCが、野球部の活動中に河川へ転落して死亡した事故に関し、Cの父母である原告らが、指導担当教員らに注意義務違反があったと主張して、同校を設置する被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、Cの損害金の相続分及び原告ら固有の損害金の合計各2723万6257円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。

 

3 事故の具体的態様

 本件野球部は、平成29年11月5日午前中、本件高校のグラウンドにおいて他校の野球部と練習試合を開始し、Cは、試合に出場しませんでしたが、部活動には参加しました。
 練習試合中、相手高校の打者が打ったボールが外野フェンスを越えてグラウンド外に飛び出し、グラウンドのそばを流れている川に落下し、Cは、本件高校1年生の野球部員Aと共にボールを回収しに行き、川の水面に浮かんだボールを、回収道具であるタモ網を用いて回収しようとしたところ、川に転落しました。
 Cは、転落から約30分後に水中から意識のない状態で発見され、病院に搬送されましたが、同月7日午前7時頃、死亡しました。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、被告の原告ら対する、それぞれ1155万0864円(請求額の約42%)及び遅延損害金の支払を認めました。

 

5 主な争点及びそれらに対する判断

 主な争点は、①ボールの回収を中止させるべき義務の違反の有無、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無、③因果関係の有無、④損害額、⑤過失相殺の可否についてです。

(1)  ①ボールの回収を中止させるべき義務、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無について

 判決では、担当教員等の一般的注意義務について、「公立高校における教育活動の一環として行われる課外の部活動においては、生徒は担当教員の指導監督に従って行動するのであるから、担当教員は、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的な注意義務を負うと解すべきである。」としています。

 次に、生命身体の危険に対する予見可能性について、「Cの発見場所付近の法面(のりめん、建築や土木で人工的に造られた傾斜面。堤防の斜面など)の傾斜は33度であって、相応の急勾配であり、川に落下したボールを回収するために、ガードレールを越えて法面に下りた場合、体勢を崩して河川に転落する危険があると認められる。また、川は川幅が約15メートルに達することがあり、その水深は約2メートルに達する部分のある河川であるため、転落した場合に自力で岸まで辿り着くことが困難な場合もあると認められる。
 そして、河川及び法面の状況を一見すれば、このような危険があることは容易に想定できるといえる。これに加えて、E監督は実際にボールを回収しようとして河川に転落し、自力で岸に上がることができなかったことがあることも踏まえれば、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたと認められる。」としています。
 さらに具体的注意義務の内容について、「本件野球部における指導担当教員らの注意義務の内容を検討すると、部活動中に河川に落ちたボールを回収すること自体は社会的に相当な行為というべきであり、川にボールが落下した場合でも、ガードレールを越えない範囲でボールを回収する行為については、転落の具体的な危険があったとは認められないことからすれば、指導担当教員らにおいて、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえない。そして、河川に落ちたボールを回収しようとする生徒の河川への転落を防止するには、生徒がガードレールを越えないようにすることで必要かつ十分であるから、指導担当教員らとしては、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があったと認められる。」としています。
 その上で、指導担当教員らに、上記注意義務の違反があったかについて、「指導担当教員らは、平成27年4月頃に、当時の新2、3年生部員に対して、河川に落ちたボールの回収の際に、ガードレールを越えてはならないことなどを告げたことが認められるものの、同年度以降に入部した部員に対し、同教員らから河川に落ちたボールの具体的な回収方法について直接の指導は行っていない。
 高校生の自主性や自立性を涵養するために、生徒間で河川に落ちたボールの回収方法を伝達させることは不合理ではないが、生徒間で正確に伝達がされ、理解されていることを指導担当教員らが適宜確認し、必要に応じて指導をすべきであるといえる。
 本件事故当時、河川に落ちたボール回収の際、ガードレールを越えてはならないことについて、指導担当教員らが適切な指導をしたとはいえず、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠っていたと認められる。」としています。

 

(2)  ③因果関係の有無について

 因果関係については、「指導担当教員らにはガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務の違反があるところ、同注意義務を尽くしていれば、本件事故を回避することができたと認められる。したがって、指導担当教員らの注意義務違反とCの死亡結果との間には相当因果関係があると認められる。」としています。

 

(3)  ④損害額について

 判決では、Cの損害額の合計を6500万2468円、原告ら固有の損害を500万円と認定し、その合計額7000万2468円から、過失割合の3割を控除し(控除後4900万1727円)、さらに日本スポーツ振興センターの災害共済給付金2800万円を控除した2100万1727円を認め、弁護士費用を210万円として、合計で2310万1727円(原告らの合計額)を認容しています。

 

(4)  ⑤過失相殺の可否について

 過失相殺について、本件事故当時、Cは高校1年生であって、自らの生命又は身体に対する危険を事前に予見し、これを回避する行動を執るための基本的な事理弁識能力を備えていたと認められる。そして、川幅等の状況及び法面の形状に加えて、そもそもガードレールは河川への転落事故を防止するために設置されていることからすれば、ガードレールを越えてボールを回収することに転落の危険が伴うことは、Cにとっても予見可能であったというべきである。また、指導担当教員らが、いかなる場合でもボールを回収するよう指導をしていたとか、ボールの回収を諦めた生徒を叱責していたという事情は認められず、本件野球部の生徒において、本件事故当時、生命又は身体の危険を冒してまでボールを回収しなければならないと考えざるを得ない状況にあったとはいえない。
 したがって、Cとしては、ガードレールを越えない範囲でボール回収を試み、それでも回収できない場合は断念すべきであり、そうであるにもかかわらずガードレールを越えて回収を試みたCにも一定の落ち度があるといわざるを得ない。そして、以上指摘した事情に照らせば、3割の過失相殺をするのが相当である。」としています。

 

6 本判決のポイント

 本判決は、原告の請求の42%が認容されていますが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。本件は、第1回スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24)、第2回スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20)に続いて、いずれもいわゆる学校事故であり、請求が棄却されることなく、認容された点で共通していますが、第1回、第2回の判決においていずれも過失相殺を否定したのに対し、本件では過失相殺(3:7)を認めています。

 

(1) 注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは従前の本欄の判例紹介で述べたとおりです。

 本判決では、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的注意義務を負うとしました。続いて、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたとして予見可能性を認めました。その上で、具体的注意義務の内容に関し、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえないとしましたが、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があるとし、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠ったとしました。

 ここでも、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。

 

(2) 損害額と過失相殺、弁護士費用について

 本件における、請求における損害額と裁判所が認容した損害額の比較は以下のとおりです。

 

 

請求額

認容額

治療費

97,176

97,176

文書料

4,290

4,290

寝具/病衣等代

6,982

6,982

親族付添費

40,000

39,000

入院雑費

4,500

4,500

入院慰謝料

70,000

53,000

葬儀関係費用

3,000,000

1,500,000

死亡逸失利益

43,297,520

43,297,520

死亡慰謝料

25,000,000

20,000,000

固有の慰謝料

6,000,000

5,000,000

小計①

77,520,468

70,002,468

過失相殺(3割)

77,520,468

49,001,727

既払金

-28,000,000

-28,000,000

小計②

49,520,468

21,001,727

弁護士費用

4,952,046

2,100,000

合計

54,472,514

23,101,727

 

 上記表において、小計①(弁護士費用等を除いたC及び両親の損害)までは、1円単位で損害額が認定されており、請求額の約90%が認められています。ところが、その認定額である7000万2468円から過失相殺により3割に相当する2100万0741円が一挙に減額されています。過失相殺をすべき理由はある程度述べられているものの、なぜ(2割でもなく4割でもなく)3割なのかという理由は述べられていません。ここに訴訟における過失相殺に関する戦いづらさがあります。

 弁護士費用については、何度が本欄でも触れましたが、損害額の10%が相場です。上記表でも、請求額、認容額のいずれにおいても、弁護士費用は小計②の10%程度となっています。なお、弁護士費用については、実際に弁護士に支払う額とは異なることに注意が必要です。

 

7 おわりに

 第1回から第3回まで3回続けて、学校におけるスポーツ事故をとり上げました。今後もスポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20 )

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第2回目は、福岡地方裁判所小倉支部判決R4.1.20をとりあげます。

 

2 事案の概要

 被告の設置する福岡県立A高等学校(以下「本件高校」)に在学していた原告が、本件高校の硬式野球部(以下「本件野球部」)の練習中、右側頭部に打球が直撃して外傷性くも膜下出血等の傷害を負い(以下「本件事故」)、右側感音性難聴・内耳機能障害等の後遺障害が残ったところ、本件事故は部活動顧問であるB教諭による安全配慮義務違反により発生したものであると主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、2492万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

 

3 事故の具体的態様

 本件野球部では、令和元年8月8日午前11時頃から、本件高校のグラウンドにおいて、部活動として打撃練習を行い、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた投手板から本塁までの距離(18.44m)よりも短い、約15m程度の距離で行われていました。
 本件当日、他の部員が打撃投手を務めた後に原告が打撃投手を担当しました。原告の前方にはL字ネットが設置され、側方には防球ネットが設置されていました。L字ネットの高くなっている部分は打撃投手の身体全体が隠れる程度の高さでしたが、原告は、L字ネットの低くなっている部分から右手で投球しました。原告は、従前は投球後に身体をL字ネットの高い方に移動して打球を回避していましたが、本件当日は、打撃投手を始めて一球目のボールを打者が打ち返した際、打球を回避しきれず、ボールが原告の右側頭部に直撃しました。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、被告の原告に対する、2261万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を認め、原告のその余の請求を棄却しました。

 

5 主な争点及びそれらに対する判断

 主な争点は、①B教諭の職務行為の違法性、②過失相殺の適否、③損害額です。

(1)  B教諭の職務行為の違法性の有無について

 本件では、B教諭の職務行為の違法性について、「高等学校の野球部の練習活動に関しては、高野連が、打撃練習時において「製品安全協会」のSGマークが付けられている投手用ヘッドギアの着用を義務付けていることに鑑みると、B教諭は、本件事故当時、本件野球部の顧問として、本件野球部の部員が同部の活動として打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。しかしながら、本件事故当時、B教諭は、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかった。そうすると、B教諭は、打撃練習時に打撃投手を務めていた原告に対して投手用ヘッドギアを着用するよう指導せず、これにより上記職務上の注意義務に違反して本件事故を生じさせ、原告に損害を与えたものとして、被告の公務員であるB教諭の職務行為の違法性が認められるというべきである。」としています。

(2) 過失相殺の適否について

 本件では、過失相殺について、「高野連が、打撃練習時に、打撃投手を務める者に対して投手用ヘッドギアの着用を義務付けたのは、硬式球が打撃投手の頭部に当たれば生命身体に重大な危険が生じるおそれが高いところ、打撃投手を務める者と打者との距離及び打球の速さを勘案すると、L字ネットだけでは当該打撃投手が打球を避けられない場合があることによるものと解される。しかも、本件事故時の打撃練習においては、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた距離よりも短く、約15mしかなかったことからすれば、打撃投手はL字ネットだけでは打球を避けることができず、打球が打撃投手の頭部に当たる可能性が高くなっていたといえる。そうすると、B教諭が、打撃投手を務める原告に対し、その生命身体の安全を確保するため投手用ヘッドギアを着用するよう指導する必要性は高く、配布されていた指導者必携の記載を確認せずこれを怠ったB教諭の過失は重大であるというべきである。そうすると、本件事故が、原告がL字ネットに身体を隠すのが遅れたことも一因となって発生したものであるとしても、損害の公平な分担という見地に鑑みると過失相殺を認めることは相当とはいえず、被告の主張は採用できない。」としています。

(3)  損害額について

 本件では、損害額について、請求額の2492万4953円の約90%である2261万4953円が認められています。

 

6 本判決のポイント

 本判決は、原告の請求の90%が認容され、原告の勝訴といえる判断でしたが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。事案の概要は異なるものの、いずれもいわゆる学校事故であり、判断の構造としては前回の本欄で検討した福岡地裁久留米支部判R4.6.24(以下「久留米支判」、スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24))に近いものがあります。

(1) B教諭の注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは前回の本欄の判例紹介で述べたとおりです。

 本判決では、B教諭は、打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っているにもかかわらず、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかったことをもって、注意義務違反及び職務行為の違法性が認められるとしています。

 なお、久留米支判(ゴールポスト転倒事故)では、校長が、文部科学省等からのゴールポストの安全管理に関わる通知について認識していながら、ゴールポストの固定を怠ったとして注意義務違反を認定されています。

 両判決の比較からいえることは、管理者や指導者が、安全に関する通知や情報を知っていながらその内容を実践していなければ当然に注意義務違反が認められ、たとえ情報等を知らなくてもそれが容易に入手できる場合や、知っておくべき情報等である場合にその情報等で啓発された内容が原因となり事故が発生すれば、やはり注意義務違反が認められることになるということになります。

 したがって、指導者や管理者は、生命や身体の安全にかかわる情報については、常にアンテナを張り巡らせ、その内容を実践していく必要があるといえます。

 なお、この情報等を知っているか否かは、過失でいうところの予見可能性に当たる部分ですが、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。

(2) 過失相殺について

 過失相殺についても前回も述べましたが、裁判所の裁量により認められること、とりわけスポーツ事故の場合、交通事故と比較して、その基準があいまいであること、殆どの場合1割単位で減額され、減額の幅が大きいことがあり、原告(被害者側)からすると、戦いづらいところでもあるのですが、本判決においても、過失相殺をしないと判断されており、参考になると思います。

 その理由は上記のとおりで、久留米支判の過失相殺をしない理由がかなりの紙幅を割いているのに比べて少し短いのですが、十分に参考になります。いずれも、被害者側にも落ち度といえるものがあるが、被告側の過失や落ち度の大きさからすると取るに足らないという判断で過失相殺が否定されています。

 

7 おわりに

 前述したように、前回でとり上げた久留米支判と今回の判決と共通項も多く、いずれも行政側が敗訴していることもあり、参考になると思われます。

今後も、スポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介①(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24)

1 はじめに

 スポーツ事故に関する近時の判例をとり上げ、ポイントとなる点について検討したいと思います。

 今回は、フットサルゴールポストが転倒し、小学校の児童がその下敷きになって死亡した事故に関し、児童の相続人である原告らが学校の設置者である地方自治体に対し損害賠償を請求した事件( 福岡地裁久留米支部判R4.6.24 )をとり上げます。

 

2 事案の概要(福岡地裁久留米支部判R4.6.24 091289_hanrei.pdf (courts.go.jp)

 本件は、被告である地方公共団体が設置する小学校において、体育の授業としてサッカーが実施されていたところ、同校の運動場に設置されていたフットサルゴールポストが転倒し、当時小学校4年生であったAがその下敷きになって死亡した事故に関し、Aの相続人(両親)である原告らが、被告に対し、以下の請求をしました。

 

3 原告らの請求について

①本件事故による損害賠償請求権について

 本件小学校の教員らには、本件ゴールポストを適切に固定しなかったなどの安全配慮義務違反があるとして、国家賠償法(以下、「国賠法」)1条1項に基づき、本件事故によりAに生じた損害及び原告らの固有の損害を合わせて、それぞれ1940万4936円及び遅延損害金の支払を求める(予備的に、本件ゴールポストには設置又は管理の瑕疵があると主張(国賠法2条1項))とともに

②本件事故の原因に関する調査報告義務違反による損害賠償請求権について、

 被告は、原告らと被告との間の在学契約関係上の付随義務として、原告らに対し、本件事故について十分に調査を行い、その結果を原告らに報告し、調査に関して原告らの意向を確認し配慮する義務があるにもかかわらず、被告がこれらの義務を怠ったとして、国賠法1条1項に基づき、それぞれ損害賠償金220万円及び遅延損害金の支払を求めました。

 

4 裁判所の判断

  原告の請求のうち、上記①に関し、本件小学校校長は、本件事故の発生に対する予見可能性を認定した上で、本件小学校の安全点検担当教員や点検担当の教員をして、本件ゴールポストの固定状況について点検し、本件ゴールポストの左右土台フレームに結束されたロープと鉄杭を結ぶ方法などによって固定しておくべき注意義務があったにもかかわらず、この義務を怠り、その結果、本件事故当時、本件ゴールポストの左右土台フレームはいずれも固定されていなかったことをもって、国賠法1条1項の過失が認められ、原告らは、被告に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償として、それぞれ1830万0851円及びこれに対する平成29年1月 13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容し、その他の請求(上記②など)については棄却されています。

 

5 本判決のポイント

(1)  亡くなったA君や遺族の思い

 本件においては、被害者のA君は亡くなっています。A君が本件事故についてどのような思いで亡くなったかは知るよしもありませんが、事故から訴訟提起まで、そして本判決を経て、さらなる当事者間での話し合いなど、本当の解決がなされるまで(本当の解決があるのかも分かりませんが)に、遺族に様々な思いがあったと想像に難くありません。

 裁判が全てを解決してくれるわけではありませんが、一つの区切りをつけてくれることも確かだと思います。

(2) 本件小学校校長の注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要です。

 本判決では、「本件ゴールポストの固定状況について点検し、本件ゴールポストの左右土台フレームに結束されたロープと鉄杭を結ぶ方法などによって固定しておくべき注意義務があった」とされていることから、ゴールポストについては点検、適切な固定が重要であることが分かります。

(3) ゴール転倒事故

 サッカーゴール(フットサルゴール)、ハンドボールゴールやバスケットボールゴールの転倒による事故は少なからず報告されており、学校の責任を認めた本件の判断は評価できるものと考えます。

 今後とも、このような回避できる事故をしっかりと回避していくことの重要性は言うまでもありません。なお、ゴールの転倒事故については機会を改めて検討します。

(4)   過失相殺

 本件においては、過失相殺について、少し検討を加えておきたいと思います。

 判決では、「本件校長を除く教員ですら、サッカーゴールのゴールポストが危険であるという認識を持っていなかったのであるから、ましてや、ゴールポストが危険であるという指導を受けていない、Aを含む本件小学校の4年生の児童が、本件ゴールポストが転倒するといった危険性を認識していたとは到底考えられない。そして、本件ゴールポストは、破れたゴールネットを固定するためのロープが、クロスバー部分から下方に弛んだ状態になっていたところ、サッカーの試合中に、味方がゴールを決めたことに喜んで上記ロープにぶら下がること自体、突発的な行為であって、小学校4年生の児童にとってそもそも非難し得る程度の低いものであるといえる。そうすると、当時小学校4年生の児童であり、ゴールポスト転倒の危険性について何ら指導を受けていなかったAにおいて、本件ゴールポストのロープにぶら下がることの危険性を認識できたとはいえないし、行為の性質としても非難し得る程度は低いといえるから、Aについて、損害賠償額を定める上で公平の見地から斟酌しなければならないほどの不注意があったとはいえない。さらに、安全点検を徹底する義務を負っているのに、定期的な安全点検と授業前の安全点検をともに履践せず、本件ゴールポストについて必要な 固定措置が取られていないことを見逃したという被告の過失の重大性に鑑みると、亡Aの過失を斟酌すべきであるという被告の主張は採用できない。」(過失相殺しない理由の一部抜粋)としています。

 過失相殺は、読んで字のごとく、加害者側の「過失」と被害者側の「過失」を相殺するものですが、ここでの被害者側の「過失」は、不法行為の要件の過失(加害者側の「過失」)あるいは債務不履行の帰責事由とは異なり「減額を相当とするような被害者側の事情」と解され、その立証責任は加害者側にあるとされています。

 過失相殺は、裁判所の裁量により認められること、とりわけスポーツ事故の場合、交通事故と比較して、その基準があいまいであること、殆どの場合、1割単位で減額され、減額の幅が大きいことがあります。

 このようなことから、被害者側からすると厄介な規定で、予測可能性がなくバッサリ減額されることも少なくなく、訴訟の中で戦いづらいところでもあるといえますが、本件においては、過失相殺をしない理由が詳細に述べられているので、参考にされるとよいと思います(上記は一部抜粋ですので判決文に当たられることをお勧めします)。

 

6 おわりに

 上記に検討した点以外の、たとえば調査報告義務に関する検討は、紙幅の関係上、機会を改めたいと思います。

 判例は、ひとつの事例判断に過ぎないのですが、訴訟の戦略を立てる際にも、今後の事故予防にも役に立つので、これから少しずつ紹介していきたいと考えています。

 

 

 

なくならないスポーツにおける暴力②

1 はじめに

 2022年8月に、埼玉県本庄市の私立中学校剣道部の元顧問が生徒に対する暴行容疑により逮捕されたとの報道(事件①)、9月には、長崎県諫早市の市立中学校女子バレー部の顧問が部活動中の複数の生徒に対する体罰により文書訓告を受けた後、再発防止の研修受講中にさらに暴力・暴言を行ったとの報道(事件②)、10月には、兵庫県姫路市の私立女子高校ソフトボール部の顧問が部員に対する暴力により顎が外れる傷害を負わせたとの報道(事件③)、11月には、福岡県福岡市の私立高校剣道部の元顧問の暴力・暴言により女子部員が自殺(2020年)した事件に関し学校と遺族の間で和解が成立したとの報道(事件➃)がありました。

 これらの事件を受けて、前回本欄で「なくならないスポーツの現場における暴力①」と題して、総論と事件①についてコメントしましたので、今回は事件②~④について、コメントしたいと思います。

 

2 事件②について

 報道によれば、中学校女子バレー部の顧問の教諭が2022年3月に部活動中の複数の生徒に対して、ボールを押し当てるなど(行為A)の体罰により文書訓告を受け、その後、顧問を外れ、4月から1年間、再発防止の研修受講中だったが、7月に体育の授業を受けていたバレー部員3名(いずれも3月に体罰を受けた部員)に「バレー部やめろ」などと不適切な発言を行い、うち1人の脇腹を蹴り(行為B)、県教育委員会は停職1カ月の懲戒処分を受けたとのことです。

 私は、行為Bに対して停職1か月の懲戒処分を受けたことはともかく、行為Aに対する懲戒処分が文書訓告にとどまるという点に疑問を感じます。

 前回述べたように、部活動は学校教育の一環であり、部活動中の暴力は、暴行罪の構成要件に該当する違法な行為であるとともに、学校教育法上の体罰に該当する違法な行為でもあります。しかも複数の生徒に体罰を行ったということですから、ひとりに対する単発の暴力とは異なり、その悪質性は増すといえます。行為Aに対する文書訓告という処分は手緩いといえるのではないでしょうか。また、教育現場において体罰に対して意識が低いと言われてもやむを得ないと思います。

 参考までに、(公財)日本スポーツ協会の公認スポーツ指導者処分基準別表によれば、暴力をふるったが「被害者が傷害を負わなかった」場合には「資格停止6か月」が基準とされ、被害者が多数であることは加重要素であるとされています。

 

3 事件③について

 報道によれば、姫路市の私立高校のソフトボール部で顧問の教諭が、女子部員がユニフォームを忘れてきたことに腹を立て、平手で左のほおを殴り、同部員は顎が外れた外傷性開口障害と診断され、なお、教諭は事前に女子部員の保護者と電話で連絡を取り「たたきますよ」などと話していたとのことです。

 本件は顎が外れるほどの力で殴ったという点で、世間の耳目を集めました。女子部員に傷害を負わせているので、刑法上の傷害罪に該当し、学校教育法上の体罰にも該当し、その悪質性は言うまでもありません。

 本件で気になるのは、教諭が保護者に電話で「たたきますよ」などと予告することで、免罪されると考えていたのではないかという点です。本欄でも過去に書きましたが、法的に、保護者や被害者である部員が承諾していたといえるのか、仮に承諾していたとしても違法性が阻却されるのかは問題とはなり得ます。しかし、本件においては承諾をしていたとは評価できないでしょうし、仮に承諾があったとしても違法性を阻却するとはいえないでしょう。

 

4 事件➃について

 報道によれば、福岡県福岡市の私立高校剣道部の女子部員(当時15歳)が自殺(2020年)したことをめぐり、学校側が元顧問からの暴言や暴力が自殺の原因だったことを認め、遺族との間で和解が成立したとのことです。

 本件では、元顧問の行為と女子部員の自殺との因果関係を学校側が認めたことに注目すべきでしょう。法的に、当該行為と自殺との因果関係が争われると、その立証が困難となることもあり得るため、学校側が因果関係を認めたことは評価できると考えます。

 さらに注目すべきは、自殺の原因となった元顧問の行為の中に、暴力のみならず暴言も含まれている点です。本欄でも繰り返し書いてきたように、ときに暴言が与える心の傷は、暴力が与える心身の傷よりも、深く重いことも少なくありません。私は、大学でスポーツ法の講義を担当しており、指導者による暴力や暴言を受けた経験を有する学生に聞いてみると、暴力はその場限りということもあり、暴言の方がショックを受け、その言葉を鮮明に覚えているという感想も多々聞くところです。もっとも、あまりに多く暴言を吐かれ過ぎて、何を言われても感じず麻痺してしまい、何を言われたのか殆ど覚えていないという感想も多く、まだまだ問題解決には程遠いと感じます。

 

5 おわりに

 桜宮高校バスケットボール部キャプテン自死事件、および日本女子柔道代表選手暴力等告発事件からちょうど10年を経過して、改めて、指摘しておきたいのは、スポーツ界における指導者の暴力と暴言とでは暴言の割合が増加していること、暴力を振るう指導者は確信犯型(暴力が子どものためになると確信しているタイプ)ではなく指導方法不明型(暴力はいけないと分かっているが暴力を使わない指導方法が分からないタイプ)が多数を占めること、未だに保護者が暴力や暴言を加える指導者を擁護する風潮があることです。

 最後に、暴力や暴言を加える指導者を擁護する保護者についてコメントしておきます。実際に事件を扱っていると、このような保護者がいるため、なかなか指導者の暴力や暴言を告発できないことも少なくありません。信じがたいことですが、自分の子どもが暴力や暴言を受けているのに指導者を擁護することもあります。実際にそのような保護者に話を聞いてみると、確かに暴力等をふるう指導者を擁護することはおかしなことであるが、渦中にいるとそのことに気付けなかったというようなことがあるようです。

 問題の所在は、指導者だけにあるのではなく、社会全体(保護者や被害者を含めた)にもあるのであり、腹を括って取り組むようにしない限り、この問題は解決しないように思います。

 

 

 

なくならないスポーツにおける暴力①

1 はじめに

 2022年8月に、埼玉県本庄市の私立中学校剣道部の元顧問が生徒に対する暴行容疑により逮捕されたとの報道(事件①)、9月には、長崎県諫早市の市立中学校女子バレー部の顧問が部活動中の複数の生徒に対する体罰により文書訓告を受けた後、再発防止の研修受講中にさらに暴力・暴言を行ったとの報道(事件②)、10月には、兵庫県姫路市の私立女子高校ソフトボール部の顧問が部員に対する暴力により顎が外れる傷害を負わせたとの報道(事件③)、11月には、福岡県福岡市の私立高校剣道部の元顧問の暴力・暴言により女子部員が自殺(2020年)した事件に関し学校と遺族の間で和解が成立したとの報道(事件➃)がありました。

 

 10年前の2012年後半に起きた、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部キャプテンが顧問の暴力等により自死した事件、および日本女子柔道代表選手が監督等の指導者の暴力等を告発した事件により、スポーツ界では暴力・暴言・ハラスメント等を根絶しようという機運が高まりました。翌年4月には、統括4団体により「スポーツにおける暴力行為根絶宣言」が出され、統括4団体や中央競技団体に相談窓口が設置され、指導者研修において暴力周知徹底が図られてきました。それにもかかわらず、スポーツの現場では、未だに暴力はなくなっていません。

 

 私は、統括団体や中央競技団体で、相談窓口や処分手続に関わっており、指導者研修の講師も数多く担当していますが、暴力を振るう指導者は少なくなってきている実感があり、実際に、日本スポーツ協会の相談窓口(「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」)の相談件数において暴力の割合は減少しています。にもかかわらず、上記のように毎月のように暴力に関する報道があるのは、これまでは隠れていた案件が、暴力等を許さないという社会的風潮もあり、顕在化してきたものと考えられ、このこと自体はポジティブに捉えてよいものと考えます。今後も引き続き、指導者や保護者等の関係者に対する啓発活動を繰り返しながら、不適切行為案件の把握に努め、これらの案件において行為者に適切な処分を科すとともに、そこから得られた教訓を啓発に活かすというサイクルを地道に実践していくことが必要だと考えています。

 

 本欄では繰り返し指導者による暴力や不適切行為の問題を採り上げていますが、今回は上記事件について、それぞれ気付いた点をコメントしていきたいと思います。そして、これらのコメントが被害に遭っている方々の参考になれば幸いに思います。なお、本稿では暴力=暴行としております。

 

2 事件①について

⑴ 学校の中の暴力でも逮捕されることもある

 事件①について、報道によれば、2021年12月28日から29日の間、埼玉県本庄市の私立中学校の体育館で、元顧問は、剣道部の指導中、部員の男子生徒の顔面を素手でたたいたり、竹刀で脇腹や喉を突くなどしたりして、複数回の暴力を加えた容疑で逮捕されたということです。続く報道では、元顧問は略式起訴され、罰金20万円の略式命令を受け、また同校からは停職3か月の懲戒処分を受けていたが、その後依願退職したということです。

 

 ここで大切なことは、暴力は刑罰法規に触れる違法な行為であり、学校の中であっても逮捕され有罪判決を受けることもあり、当然のことながら学校は教員が何をしても責任を問われないアンタッチャブルな場ではないということです。事件①では結果的に、略式起訴の上、罰金20万円という有罪判決を受けています(罰金は刑事罰であることに注意)が、逮捕されるインパクトの方が大きいかもしれません。

 

⑵ 許される体罰などない

 WEB上では、部活動中の暴力に関し、暴力は、暴行罪に該当する行為で、体罰ではないといったコメントが見受けられます。これはコメントをした方が暴力の罪深さを示すためのレトリックなのでしょうが、正確には、暴力は暴行罪(刑法第208条)の構成要件に該当する違法な行為であり、体罰(学校教育法第11条ただし書)にも該当する違法な行為です。

 

 懲戒権(不適切なことをした児童生徒を戒める権限)の行使において、わずかに有形力の行使に類する行為が認めらます。たとえば、「放課後等に教室に残留させる」あるいは「授業中、教室内に起立させる」といったものです。あるいは正当防衛や緊急避難の成立する状況では有形力の行使が認められますが、これも限られた場面においてのみ認められ、過剰な有形力の行使となれば違法となります。

 

 私が強調しておきたいことは、「許される体罰」と「許されない体罰」があるのではなく、一切の体罰は違法であり、「許される体罰」はなく、懲戒権の行使の範囲内で有形力の行使に類する行為が認められるにとどまります。加えて、懲戒権は、子どもが不適切なことをしたため、これを戒めるために行使されるものであり、部活動において顧問が指示したプレーができないことを根拠に行使することはできないのです。

 

⑶ あらためて体罰とは

 学校教育法における体罰の定義についての文科省の見解を以下に掲載しておきます。

「児童生徒への指導に当たり、学校教育法第11条ただし書にいう体罰は、いかなる場合においても行ってはならない。教員等(校長及び教員)が児童生徒に対して行った懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要があり、その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とする懲戒(殴る、蹴る等)、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒(正座・ 直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。」(問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)平成19年2月5日初等中等教育局長通知(18文科第1019号))

 

 ここから、体罰には殴る・蹴るなどの明白な行為もあるが、その場の状況により判断しなければならない行為もあるということ、法律上は、懲戒権を有する者だけについて体罰が問題になり、懲戒権を有しない一般のスポーツクラブの指導者が体罰を行うという概念はないことがわかります。

 

*次回、事件②~④についてコメントします。

 

 

スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ②

1 はじめに

 前回は、スポーツ仲裁とはどのようなものかを述べました(スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ①)。今回は、申し立てる際にはどのような注意点があり、どのような点を検討すべきなのかについて述べます。

 なお、仲裁申立のための要件を吟味する段階を「本案前」いい、申立の中身(申立の趣旨)について判断する段階を「本案」といいますが、本案前と本案に分けて検討します。

 

2 本案前(仲裁申立のための要件を吟味する段階)の注意点

(1) ターゲットを何にするのか?

 スポーツ仲裁規則(以下、単に「規則」)第2条第1項に「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」と定められており、「何に対しても」スポーツ仲裁を申し立てられるわけではない点に注意が必要です。

 すなわち、「競技団体又はその機関(以下「競技団体等」)が競技者等に対して行った決定」に対して「競技者等」が申し立てられるのです。

 ここで「競技団体」とは、①公益財団法人日本オリンピック委員会、②公益財団法人日本体育協会(現日本スポーツ協会)、③公益財団法人日本障害者スポーツ協会(現日本パラスポーツ協会)、④各都道府県体育協会(又は都道府県スポーツ協会)、⑤前4号に定める団体の加盟若しくは準加盟又は傘下の団体を指します(規則第3条第1項)。

 よって、「競技団体」に該当しないスポーツ団体がした決定に対して申立はできないということになります。

 以上から、スポーツ仲裁申立のターゲットは、「競技団体等競技者等に対して行った決定」ということになります(「競技者等」については次項参照 )。

 ただし、「決定」と一口にいっても、どの「決定」をターゲットにするかの判断は容易ではないこともあります。たとえば、代表選考に関わる申立をするとしても、代表選考基準に対して申し立てるのか、代表選考大会の開催に対して申し立てるのか、選考大会を経て選考結果に対して申し立てるのか、といったように段階毎にターゲットとなる決定が異なってきます。

 また、競技団体等が行った決定であったとしても、競技中になされる審判の判定は除かれるので、この点でも注意を要します。

(2) 誰が申立人となれるのか?

 前述したように、規則第2条第1項によれば、競技団体等の競技者等に対する決定について競技者等が申し立てられることになります。

 そして、規則第3条第2項には「競技者等」の定義があり、「スポーツ競技における選手、監督、コーチ、チームドクター、トレーナー、その他の競技支援要員及びそれらの者により構成されるチームをいう。チームは監督その他の代表者により代表されるものとする。競技団体の評議員、理事、職員その他のスポーツ競技の運営に携わる者を除く。」とされています。

 ここでの注意点は、「競技団体の評議員、理事、職員その他のスポーツ競技の運営に携わる者を除く」という点です。たとえば、競技団体において、役職員に対して何らかの決定があったとしても、スポーツ仲裁の申立はできないということになります。私がよく受ける相談として、あるスポーツ団体の役員が役員人事について不服がありスポーツ仲裁を申し立てたいというものがありますが、このような申立はできないということになります。

(3)  仲裁合意を得られるか?

 スポーツ仲裁も「仲裁」ですから、申立人と被申立人の間で仲裁の手続により紛争解決を目指すとの合意が必要となります。ただし、スポーツ仲裁においては、申立人となり得る競技者等と被申立人となる競技団体との力の差は歴然としており、被申立人が仲裁合意をしないこともあるので、当事者間の公平性の確保の観点から、予め競技団体においてスポーツ仲裁を申し立てられたら必ず応じるとの自動応諾条項の採用が奨励されています(残念ながら法的義務まではありません)。

 よって、申立を検討する際に、自動応諾条項の確認は必須であるといえます(参考:仲裁条項採択状況(JSAA))。なお、中央競技団体(NF)に関しては、スポーツ団体ガバナンスコード原則11(1)「NFにおける懲罰や紛争について、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構によるスポーツ仲裁を利用できるよう自動応諾条項を定めること」とされています。

  したがって、申立をする前に、規程類をリサーチし、自動応諾条項の有無をチェックしなければなりません。自動応諾条項が見つからないとしても、申し立てることはできますが、被申立人が応諾しなかった場合は、手続は終了となってしまいます。なお、この場合、JSAAがその旨を公表することになっています(例:不応諾による手続終了)。

 

3 本案(申立の中身(趣旨)について判断する段階)に関する検討事項

 ⑴ 仲裁パネルが採用する判断基準

 本案において殆どの仲裁パネル(担当仲裁人)が採用する判断基準は以下のとおりです。

「日本スポーツ仲裁機構における過去の仲裁判断では、日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならないから、仲裁機関としては、

(1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、

(2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、

(3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、又は

(4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合

 において、それを取り消すことができる」

⑵ 判断基準に沿った戦略

 この判断基準は近時では殆どの仲裁パネルが採用しており、判断基準に沿った主張・立証をしていくことが必要となります。

 判断基準では、NFには自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、NFの決定を尊重しなければならないとしており、NFに一定の裁量を認めている点に注意する必要があります。すなわち、決定自体の当否が判断されるわけではなく、裁量の逸脱があるのかないのかが判断されるのであり、ただ当該決定が不当であるということを主張しても取り消される可能性は低いということになります。

 よって、当該決定は裁量の範囲を逸脱していること、すなわち判断基準の⑴~⑷(以下「4要件」)に該当することを主張・立証することになります。

 なお、4要件について、全ての要件に該当する必要はなく、1つでも該当すれば取り消されますが、複数の要件に該当する可能性があるのであれば、いずれも主張・立証することが戦略的にはよいといえるでしょう。

 

3 おわりに

 これまで述べてきたように、アスリートにとって、スポーツ仲裁において越えていかなければならないハードルは少なくありません。よって、アスリートの側で、これらのハードルを越えていけるのか、予めよく吟味する必要があります。負ける勝負に時間やコストをかけても仕方がないからです。

 とはいえ、ときにスポーツ仲裁はアスリートにとって強力な武器となります。様々な要素を勘案して、申し立てるとなれば、迅速かつ準備万端にスポーツ仲裁を申し立てていただければよいと思います。

 

 

 

スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ①

1 はじめに

 この度、スポーツ仲裁の申立人代理人を務めさせていただき、(公財)日本スポーツ仲裁機構(JSAA)の仲裁パネルから、中央競技団体(NF)の決定の取消し(「当該大会を日本代表選手選考会とするとの決定を取り消す」)の仲裁判断をもらうことができました(JSAA-AP-2022-007~011)。相談を受けて4日後にスポーツ仲裁を申し立て、その更に4日後に仲裁判断をいただきました。このようなタイトなスケジュールとなったのは、当該大会が10日後に迫っていた事情があり、緊急仲裁となったためです。結果的に、申立人であるアスリート達の言い分が認められ、その思いが届いて安堵しています。

 私は、大学で、スポーツ推薦により入学した学生の方々に向けたスポーツ法の講義を担当していますが、スポーツ仲裁を知らない人が大多数です。また、トップアスリートでも、スポーツ仲裁を知らない人の方が多いのではないでしょうか。これはNFなどが、スポーツ仲裁に関する教育をしたり、インフォメーションを提供したりすることがないからだといえます。そして、ほとんどのアスリートは、仮にスポーツ仲裁を知っていても、スポーツ仲裁どころではなく、トレーニングに励みたいというのが本音だと思います。

 しかし、ときにNFの決定を覆すというような強力な威力をもつ、スポーツ仲裁という選択肢を頭の引き出しに持っておいて損はないと思います。

 そこで、本欄では2回に分けて、先ずは、スポーツ仲裁というものを知ってもらい(第1回)、申し立てる際にはどのような注意点があり、どのような点を検討すべきなのかを考えたいと思います(第2回)。なお、従前にも本欄でスポーツ仲裁を紹介しています(「スポーツ仲裁って?」)が、2013年に書いたもので、かなり時間が経過していますので、以下では、内容をアップデイトして述べます。

 

2 スポーツ仲裁とは

⑴ 不服をどこに申し立てるか?

 「アスリートとして、スポーツ団体が行った決定に対して不服がある場合、どのようにしますか?」という問いに対して、アスリートのほとんどは「我慢します」と答えるのではないでしょうか。

 ところが、たとえば、代表選考基準によれば自分が代表選手として選考されるはずなのに選考されなかったということになれば、我慢するでは済まされないものと思います。

 そのようにスポーツ団体が行った決定を看過できない場合には、先ずはスポーツ団体と話をする、あるいは交渉するということが考えられます。

 しかしながら、ほとんどの場合は、スポーツ団体とアスリートとの力関係に大きな差があることから、取り合ってもらえないことも多いと思われます。

 よって次の手立てとしては、第三者に判断してもらうということが考えられます。

⑵ 裁判所に訴える

 アスリートの不服に関して、第三者の力を借りざるを得ない場合、その第三者として、もしかすると裁判所が思い浮かぶかもしれません。

たしかに裁判所に訴えるという選択肢もありますが、以下のようなデメリットがあります。

  ・時間がかかる(長い場合には数年を要することもある)。

  ・費用がかかる(通常、スポーツ仲裁と比べれば費用がかかる)。

  ・請求の当否の判断(本案)に入る前に却下される可能性がある。*

 このようなデメリットもあるとはいえ、裁判という手段も有効ですから、スポーツ仲裁と比較をして、いずれの手段をとるのか、よく検討する必要があります。

⑶ スポーツ仲裁を申し立てる

 スポーツ仲裁では、上述したような裁判所に訴えたときのデメリットはかなり解消されます。

ア 短時間で解決してもらえる

 時間的な制約がある場合には、申立人の時間的な希望にできる限り応じてもらうことができます。また、かなりの緊急性がある場合には、緊急仲裁(スポーツ仲裁規則第50条)として迅速に判断してもらうことができます。上述した、私が申立人代理人を担当した事件では、緊急仲裁とされ、申立の4日後に仲裁判断(骨子)をもらいました。

 また、仲裁判断は最終的なものであり、当事者双方を拘束する(同規則第48条)ので、裁判のように上訴されることがなく、そこで決着します。この観点からも裁判と比較して短時間で解決することがわかります。

イ 費用が安価である

 スポーツ仲裁を申し立てる場合の費用については、必ず必要なものとして申立料金があります。「申立料金」とは、仲裁を申し立てるにあたって、申立人がJSAAに対して支払うもの(スポーツ仲裁料金規程第2条)で、50,000円(税別)とされています(同規程第3条)。申立料金については、アスリート保護の観点から、比較的安価に設定されています。また、申立が認められた場合には、原則として、被申立人の負担となり、返金されます。なお、申立が認められなかった場合は、通常は申立人の負担となりますが、稀に、申立料金を按分負担したり、被申立人の負担とされたりすることもあります(スポーツ仲裁規則第44条第3項参照)。

 弁護士費用については、代理人となる弁護士との合意により額が決まります。被申立人が代理人をつけることも多いこと、スポーツ仲裁には専門的知識が必要なことから、申立をする際にはできる限り代理人をつけることをお勧めします。その際、JSAAには手続費用の支援制度(手続費用の支援に関する規則)がありますので、同制度を使うことを検討することも一案です。申立人となるアスリートは、資力に乏しいことも多く、私が代理人であったときにも、同制度を使わせていただきました。

ウ 裁判で判断してもらえないことも判断してもらえることがある

 裁判において、本案に至らず却下されてしまうような事件でも、スポーツ仲裁では判断してもらえる可能性があります。たとえば、スポーツ団体が代表選考に関わる決定をしても、それは団体内部の事柄として団体内部で解決すべきとして、裁判所に却下される可能性がありますが、スポーツ仲裁では迅速に判断してもらうことができます。

 なお、次回に述べますが、裁判とは別に本案前に気を付けるべきことがありますので留意して下さい。

 

3 小括

 以上のように、アスリートにおいてスポーツ団体の決定に不服がある場合に、その解決の一手段としてスポーツ仲裁があることは選択肢として是非とも覚えておいていただけるとよいと思います。

 次回は、スポーツ仲裁を申し立てるにあたって、事前に検討すべき事項について述べます。

 

*却下の理由として部分社会の法理(自律的な団体内部の紛争には司法権が及ばないとする法理)などがあります。

 

 

スポーツ団体の利益相反について③

1 はじめに

これまで、利益相反や利益相反取引の定義、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下「一般法人法」)に関し「スポーツ団体の利益相反について①」において、「公益認定社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(以下「公益認定法」)に関し「スポーツ団体の利益相反について②」において、整理をしてきました。

今回は、前2回を受けて、中央競技団体(NF)向けスポーツ団体ガバナンスコード(GC)について、みていきたいと思います。

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GC原則8 利益相反を適切に管理すべきである。

(1) 役職員、選手、指導者等の関連当事者とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理すること

(2) 利益相反ポリシーを作成すること

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GC原則8(GC8)については上記のとおりです。

先ず、GC8(1)において、利益相反の管理の対象者として、理事のみならず、監事、職員、指導者等の関連当事者が挙げられている点に着目すべきでしょう。

次に、GC8は、利益相反の「利益」の内容として、経済的な利益のみならず、大会への出場資格の付与、団体登録、各種選手の選考まで含まれるようにも読める点にも注意する必要があります。

さらに、GC8(2)における利益相反ポリシーの作成に当たっては、「利益相反取引該当性」及び「利益相反の承認における判断基準」という2つの基準を策定するように求めている点にも着目する必要があります。

 

2 管理すべき対象者の範囲

GC8(1)は、「役職員、選手、指導者等の関連当事者」とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理することとしています。

また、GC8「補足説明」において、「利益相反取引該当性を定めるに当たっては、理事が所属する他の企業・団体、理事の近親者等の形式的な基準に加えて、理事が懇意とする取引先等、当該NFにおいて想定される『利益相反的関係』を有する者(関連当事者)についても、実情に照らし適切に該当範囲に含めることが望まれる。」とされています。

このように「関連当事者」については、「理事が懇意とする取引先」という例が示されており、その該当性について実質的に判断するよう求めている一方で、「基準の明確性が損なわれないように留意することが望まれる」ともされています。

「関連当事者」は、前回検討した公益認定法における特別利益供与禁止の対象者と重なり合いが多いといえるものの、特別利益供与禁止の対象者については、法律、施行規則、施行令で詳細かつ厳格に決められていること(「スポーツ団体の利益相反について②」参照)と比べれば、相当曖昧であるといわざるを得ません。

 

3 管理の対象となる利益相反

一般法人法の利益相反の規制が経済的な利益相反に限られていることは、「スポーツ団体の利益相反について①」で検討してきたとおりですが、GC8が求める「利益相反」が利益相反取引に限られているのかは明確ではありません。

というのも、GC8「求められる理由」の冒頭で、NFが有する重大な権限として「大会への出場資格の付与、団体登録、代表の選手選考と始めとする各種選手の選考等」を挙げ、これらの権限の適正な行使を担保し、国民・社会からの信頼を醸成するために、利益相反への適切な対応が重要であるとしており、これらの記載から、経済的利益に限らず「大会への出場資格の付与、団体登録、代表の選手選考と始めとする各種選手の選考等」をも含めた利益に関し管理することを求めているようにも読めるからです。

これらを「利益相反」という概念で捉えて、利益相反ポリシーに基づき管理すべきものなのか、検討する必要があります。

 

4 利益相反取引該当性基準と利益相反承認判断基準

GC8「補足説明」において、「利益相反ポリシーの作成に当たっては、どのような取引が利益相反関係に該当するのか(利益相反取引該当性)、どのような価値判断に基づいて利益相反取引の妥当性を検討すべきか(利益相反の承認における判断基準)について、当該団体の実情を踏まえ、現実に生じ得る具体的な例を想定して、可能な限り分かりやすい基準を策定することが望まれる。」とされています。

ここから分かることは、利益相反ポリシーにおいては、「利益相反取引」について、承認が得れれば取引が許容されるという点と、利益相反を適切に管理するために、利益相反取引該当性判断の段階と利益相反承認判断の段階の2段階で基準を設定するよう求めている点にあります。

 

5 法律による規制とGC8

前々回「スポーツ団体の利益相反について①」において検討した一般法人法と前回「スポーツ団体の利益相反について②」において検討した公益認定法と、上述したGC8について整理すると以下のようになります。

一般法人法 公益認定法 GC8
内容 利益相反取引規制 特別利益供与禁止 利益相反*の管理
管理対象者 理事 公益認定法特別利益供与
禁止対象者
関連当事者
管理方法 理事会承認あれば許容 特別利益供与の禁止 ●利益相反取引**:
理事会承認あれば許容
●その他の利益相反***:
禁止or承認あれば許容?

註*)GCが管理すべき利益相反は、利益相反取引のみか、その他の利益相反(代表選考等)を含むのか

註**)GCにおいて管理すべき利益相反取引の対象者は理事のみか、関連当事者か

註***)その他の利益相反の管理方法は、理事会承認により許容するか、禁止か

 

6 GC8に関する検討(私見)

以下、註*、**、***に関し、以下、若干の検討を加えます。

(1) GC8が求める管理すべき「利益相反」(註*、註***)

たとえば、NFにおいて、代表選考基準を作成する場合や代表選考基準に基づいて代表選考をする場合(特にNFの裁量がある場合)に、代表選考基準作成権者や代表決定権者に選考の対象者が入っていたり、当人でなくとも代表選考される人の妻や親(これらを「利害関係人」といいます)が入っていたりすると、それらの人は公平・公正な判断ができないと考えられることから、適切ではないといえるでしょう。

このように、NFが利益相反取引以外の利益相反(代表選考等)を管理しなければならないことは間違いがありませんが、これらを利益相反ポリシーで管理するのか否かは、NFの判断によると考えられます。個別の規程、代表選考でいえば代表選考規程の中で、利害関係人を代表選考手続に関わらせないといった定めを置くことも一案だと考えます(註*)。

なお、利益相反取引以外の利益相反については、理事会の承認により許容されるとするのではなく、公平性・公正性の観点から、一律に利害関係人の関与を禁ずるのが妥当であると考えます(註***)。

 

(2) 利益相反取引規制の対象者(註**)

GC8によれば、利益相反取引規制の対象者を理事以外の関連当事者にも広げるのか明らかではありませんが、利益相反取引規制の対象者は理事に限定し、利益相反取引に関し、予め策定した判断基準に則り理事会が承認の判断をすれば当該取引は許容されるものとするのが妥当と考えます。

これは一般法人法の規制と同じですが、理事会の承認の基準として、GC8の求める2つの基準により判断するというものです。

利益相反取引規制の対象者を理事に限定するのは、理事はNFの意思決定機関である理事会のメンバーであり、議決権を有するのであり、理事以外の議決権を有しない職員やNF関係者にまで対象者を広げる必要性が少ないと考えられるからです。

たとえば、職員が代表取締役を務める会社とNFが取引をするとしても、NFの職員はNFの意思決定について原則として関与できない以上、利益相反取引規制の対象にする必要がないのではないでしょうか。例外的に、当該取引について権限を有する職員の場合には、職務に関する規程などで利害関係がある職員は当該取引に関わることができない旨の定めをおくことで足りると考えます。

 

7 おわりに

これまでスポーツ団体においては、当該競技のいわゆる身内だけで運営されることも多く、利益相反という概念に対する意識が希薄であったことは否めない以上、利益相反を管理すべきことには異論はありません。

しかし、実際にGC8に基づき利益相反を管理しようとすると、様々な疑問や問題点が生じ、NFとしても困っているのが現状であると思います。

今後、GC8も改定されるものと思われますが、3回にわたって利益相反について検討し、その上で、解釈上問題になりそうな点について私見を述べさせていただきました。

 

【参考】

・「スポーツ団体の利益相反について①

・「スポーツ団体の利益相反について②

 

 

 

スポーツ団体の利益相反について②

1 はじめに

前回は、「スポーツ団体の利益相反について①」と題し、利益相反・利益相反取引の定義、一般法人法の定めについて検討しました。今回は、これらに続いて、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)の定めについて検討を加えます。

 

2 公益認定法による定め

一般法人が公益認定されれば、公益社団法人または公益財団法人(以下まとめて「公益法人」)となります。統括団体(JSPO、JOC、JPSA、JSC)や殆どのNFは公益認定を受けて、公益法人となっています。

そして、公益法人に関する法律として、公益認定法があり、同法は利益相反について直接的に定めているわけではありませんが、近い概念である「特別の利益」の供与に関して、以下のように定めています。
なお、下記の定めは、公益認定の際の要件であるだけでなく、反した場合には公益認定の取消原因となります。
また、公益認定法に関して、施行令及び施行規則が定められているため、併せて参照する必要があります。

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公益認定法

第5条 (公益認定の基準)

行政庁は、前条の認定(以下「公益認定」という。)の申請をした一般社団法人又は一般財団法人が次に掲げる基準に適合すると認めるときは、当該法人について公益認定をするものとする。

  <中略>
 その事業を行うに当たり、社員、評議員、理事、監事、使用人その他の政令で定める当該法人の関係者*に対し特別の利益を与えないものであること。

 その事業を行うに当たり、株式会社その他の営利事業を営む者又は特定の個人若しくは団体の利益を図る活動を行うものとして政令で定める者**に対し、寄附その他の特別の利益を与える行為を行わないものであること。ただし、公益法人に対し、当該公益法人が行う公益目的事業のために寄附その他の特別の利益を与える行為を行う場合は、この限りでない。

    <以下略>

【註*】

上記3号の「政令で定める法人の関係者」については以下のとおり(公益認定法施行令第1条各号)。

 当該法人の理事、監事又は使用人

 当該法人が一般社団法人である場合にあっては、その社員又は基金の拠出者

 当該法人が一般財団法人である場合にあっては、その設立者又は評議員

 前3号に掲げる者の配偶者又は三親等内の親族

 前各号に掲げる者と婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者

⑥ 前2号に掲げる者のほか、第1号から第3号までに掲げる者から受ける金銭その他の財産によって生計を維持する者

 第2号又は第3号に掲げる者が法人である場合にあっては、その法人が事業活動を支配する法人又はその法人の事業活動を支配する者として内閣府令****で定めるもの

【註**】

上記4号の「特定の個人又は団体の利益を図る活動を行う者」については以下のとおり(公益認定法施行令第2条各号)。

① 株式会社その他の営利事業を営む者に対して寄附その他の特別の利益を与える活動(公益法人に対して当該公益法人が行う公益目的事業のために寄附その他の特別の利益を与えるものを除く。)を行う個人又は団体

② 社員その他の構成員又は会員若しくはこれに類するものとして内閣府令で定める者(以下この号において「社員等」という。)の相互の支援、交流、連絡その他の社員等に共通する利益を図る活動を行うことを主たる目的とする団体

【註***】

公益認定法第29条第2項で、「行政庁は、公益法人が次のいずれかに該当するときは、その公益認定を取り消すことができる。」とし、同項第1号で「第5条各号に掲げる基準のいずれかに適合しなくなったとき」として、上記「特別の利益」に関する定めは公益認定の取消原因となっている。

【註****】

「事業活動を支配する法人として内閣府令で定めるもの」(公益認定法施行令第1条第7号)とは、当該法人が他の法人の財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合における当該他の法人(以下「子法人」という。)とされ(同法施行規則第1条第1項)、「法人の事業活動を支配する者として内閣府令で定めるもの」(同法施行令第1条第7号)とは、一の者が当該法人の財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合における当該一の者とされる(同法施行規則第1条第2項)。

同法施行規則第1条第1項及び第2項の「財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合」とは、次に掲げる場合をいう(同条第3項)。

 一の者又はその一若しくは二以上の子法人が社員総会その他の団体の財務及び営業又は事業の方針を決定する機関における議決権の過半数を有する場合

 第1項に規定する当該他の法人又は前項に規定する当該法人が一般財団法人である場合にあっては、評議員の総数に対する次に掲げる者の数の割合が百分の五十を超える場合

 一の法人又はその一若しくは二以上の子法人の役員(理事、監事、取締役、会計参与、監査役、執行役その他これらに準ずる者をいう。)又は評議員

 一の法人又はその一若しくは二以上の子法人の使用人

 当該評議員に就任した日前五年以内にイ又はロに掲げる者であった者

 一の者又はその一若しくは二以上の子法人によって選任された者

 当該評議員に就任した日前5年以内に一の者又はその一若しくは二以上の子法人によって当該法人の評議員に選任されたことがある者

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(1) 特別の利益供与の禁止の趣旨

特別の利益供与が禁止される趣旨は、公益法人の財産は公益目的事業に使用されるべきものであり、営利事業や特定の者のために使用されることは適当ではなく、特別の利益の供与を禁ずることで公益法人に対する信頼を確保することにあります。したがって、利益相反の規制とは似た概念であるとはいえ趣旨が若干異なるともいえます。

(2) 留意すべき3つの点

公益認定法の特別の利益供与の禁止に関して留意すべき点は3点あります。すなわち、禁止される「特別の利益」の供与の対象となる者の範囲は極めて広い点、「特別の利益」の解釈が曖昧である点、及び特別利益の供与は「禁止」であり一般法人法の利益相反取引のように承認される余地がない点です。

(a) 禁止される利益供与の対象

禁止される利益供与の対象は、「政令で定める当該法人の関係者」であり、公益認定法施行令によれば、①理事、②監事、③使用人、④社員(社団法人)、⑤基金の拠出者(社団法人)、⑥設立者(財団法人)、⑦評議員(財団法人)のほか、①~⑦の配偶者又は三親等内の親族、若しくは①~⑦の婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者、①~⑦から受ける金銭その他の財産によって生計を維持する者、③~⑥が法人である場合その法人が事業活動を支配する法人又はその法人の事業活動を支配する者として内閣府令(上記 註****参照)で定めるものとなり、極めて広範囲にわたります。

(b) 「特別の利益」の定義

内閣内閣府公益認定等委員会が作成した「公益認定等に関する運用について」において、「『特別の利益』とは、利益を与える個人又は団体の選定や利益の規模が、事業の内容や実施方法等具体的事情に即し、社会通念に照らして合理性を欠く不相当な利益の供与その他の優遇」としており、基準としてはかなり曖昧なものになっています。
具体的に、どのような利益供与が「特別の利益」に該当するのか、明らかではありませんが、他の法人に助成金や補助金を出すことについて、それをもって直ちに「特別の利益」に該当するものではなく、不相当な利益供与に当たるもののみ問題となるとされています(「公益法人制度等に関するよくある質問 問Ⅳ-1-①」)。

(c) 特別の利益供与は禁止

「特別の利益」の供与はあくまで禁止であり、一般法人法における利益相反取引のように承認機関が認めれば供与が可能になるというようなことはありません。この点は重要な相違だといえます。

 

3 おわりに

公益認定法を読み解くには、施行令や施行規則を参照しなければならず、なかなか煩雑であるといえます。また、これまで検討してきたように、公益法人法の特別の利益供与の禁止は、その趣旨からも一般法人法の利益相反取引の制限とは異なるところもあります。次回(最終回)では、これらの定めとGCとがどのように関わるのか検討したいと思います。

 

 

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