弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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一般民事

学校事故をめぐる令和4年の4判例の比較

1 はじめに

 スポーツの近時事故判例紹介①~④において、令和4年に判決言い渡しがあった4つの判例をとり上げました。これら4つの判例は、いずれも学校で起きた事故(学校事故)でした。以下では、事故態様、事故日、原告・被告、傷病結果、請求額、認容額、過失相殺、既払金、基礎収入、主たる争点を表にまとめた上で、学校事故の被災者の立場に立って、損害賠償や事故補償に関する注意点を述べたいと思います。

 

2 令和4年の学校事故判例の比較

 

参照ブログ

近時判例紹介②

近時判例紹介④

近時判例紹介①

近時判例紹介③

判例

福岡地裁小倉支判R4.1.29

静岡地判R4.3.29

福岡地裁久留米支判R4.6.24

金沢地判R4.12.9

事故態様

硬式球直撃事故
(野球部)

マット運動事故
(体育授業)

ゴールポスト転倒
事故(体育授業)

河川転落事故
(野球部)

事故日

R1.8.8

H19.10.20

H29.1.13

H29.11.5

原告*

県立高校2年生

町立中学校1年生

市立小学校4年生

県立高校1年生

被告

福岡県

町(静岡県所在)

大川市(福岡県)

石川県

傷病結果

後遺障害11級

(後遺障害9級**)

死亡

死亡

請求額***

2492万円

8429万円

X1:2160万円

X1:2723万円

X2:2160万円

X2:2723万円

認容額***

2261万円

棄却

X1:1830万円

X1:1155万円

X2:1830万円

X2:1155万円

過失相殺

なし

なし

3割

既払金****

310万円

550万円

2800万円

2800万円

基礎収入***

H30大学卒男性全年齢平均賃金(668万円)

H28賃金センサス男子全年齢学歴計(549万円)

H29賃金センサス学歴計男子全年齢平均(551万円)

主たる争点

・顧問教諭の職務の違法性
・過失相殺
・損害額

・事故態様
・担当教諭の注意義務違反
・消滅時効

・校長の義務違反
・損害額
・過失相殺

・担当教諭の注意義務違反
・損害額
・過失相殺

*事故当時の学年 **原告の主張 ***1万円未満は切捨て ****訴えた時点での既払金(損害額から控除される額)

 

3 学校事故をめぐる令和4年の4判例について

 学校事故をめぐる令和4年の4つの判例を検討しましたので、この機会に学校事故の被災者の立場に立って、損害賠償や事故補償について注意すべき点を述べたいと思います。

(1) 国公立か私立かによって、請求の相手方が異なる

 上記の4判例はいずれも地方公共団体が被告となっています。学校事故をめぐって損害賠償請求をする場合、その請求の相手方は、私立学校か国公立学校かによって異なります。というのも、損害賠償に関する法的根拠が私立学校では民法、国公立学校では原則として国家賠償法(以下「国賠法」)になるからです。

 国賠法1条1項は、「公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と定め、同条2項は、「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」としており、これらの条項の解釈として、判例通説は公務員個人は損害賠償責任を負わないとしています(その趣旨は、公務員が責任を負うとすると職務に委縮効果が生じるからとされています)。すなわち、私立学校における事故と異なり、国公立学校における事故の場合には、担当教員や学校長に対する請求はできず、学校設置者である国や公共団体にのみ請求ができるのです。ただし、公務員に故意又は過失があった場合には、損害の賠償をした国又は公共団体は当該公務員に求償することができます(同条2項)。

 この点、2023年6月に、那須雪崩事故(2017年)の損害賠償請求事件に関する判決(宇都宮地裁)があり、判決では県(および高体連)の責任を認めたものの、教員個人の責任を認めなかったとの報道がありました。上記の判例通説に従えば、教員個人への請求は認められないということになりますが、私立学校の場合に教員個人が責任を負うことからすると、議論の余地があるところだと思います。

 

(2) 災害共済給付金の受給について

 上記4判例の事件において、原告が裁判を起こした時点で既払金、すなわち災害共済給付金等を受けています。なお、上記判例のうち、マット運動事故の既払金については、災害共済給付金ではない可能性があります(判決の認定事実によれば、「独立行政法人G1センターによる障害見舞金」とありますが、同センターを特定することができませんでした)。

 ここで、災害共済給付金制度について述べておきます。同制度は、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)と学校設置者との契約により、学校(保育所・幼稚園~高等学校・高等専門学校等)の管理下における児童生徒等の災害(負傷、疾病、障害又は死亡)に対して災害共済給付を行うもので、この制度の運営に要する経費を国、学校設置者及び保護者の者で負担する互助共済制度です。詳しくは、災害共済給付 (jpnsport.go.jp) をご覧いただくとして、以下、注意すべき点を述べておきます。

ア 学校の責任の有無にかかわらず、また国公立、私立にかかわらず、給付対象

 損害賠償請求をする場合には、原則として、請求の相手方の過失や注意義務違反等の立証をする必要がありますが、災害共済給付金制度は、学校の責任の有無にかかわらず(過失や注意義務違反の立証を要せず)、国公立、私立にかかわらず、学校管理下の事故であれば、給付の対象となります。

イ 給付の対象となる「学校管理下」の範囲

 災害共済給付金は「学校管理下」の事故でないと給付を受けることができません。そこで「学校管理下」の意義が重要となります。「学校管理下」とは、授業中のみならず、課外指導中(学校の教育計画に基づく)、休憩時間中・特定時間中(始業前、放課後等)、通常の経路・方法による通学中が含まれるとされています。なお、学校管理下か否かは、災害共済給付金を受けられるか否かに関わりますので、しっかりと確認して下さい( 給付対象範囲 (jpnsport.go.jp) )。

ウ 被災者に生じた全ての損害を補償するものではない

 被災者には、通常、財産的損害、精神的損害が生じ、財産的損害には、積極損害(実際に出捐した損害)と消極損害(事故がなかったら得られていたであろう利益(逸失利益)に該当する損害)があります。これらの損害を、災害共済給付金が全てカバーしているわけではありません。積極損害である医療費についても一部が支払われるにすぎず、障害が生じた場合にはその障害の等級に応じて障害見舞金が4000万円~88万円(通学中の事故は2000万円~44万円)が支払われるに止まります。
 上記4判例の事案のように、重度の障害や死亡の場合には、災害共済給付金によってカバーされない損害の賠償を求めることも訴訟を提起する動機のひとつといえるでしょう。

エ 障害見舞金における障害等級認定が裁判所の認定に影響

 上記硬式球直撃事故判決において、裁判所は、JSCによる後遺障害等級11級との認定をそのまま認定しています。このケースのように、JSCの後遺障害認定は後に裁判を提起する場合にも重要となりますので、証拠資料を提出の上、適正な後遺障害認定を獲得する必要があるといえます。
 なお、認定された後遺障害等級が適正ではないため給付金に不服がある場合には、不服審査請求制度( JSCの災害共済給付の決定不服審査請求規程 )の利用を検討してもよいかもしれません。
 また、災害共済給付において採用されている障害等級表は、交通事故実務において採用される後遺障害別等級表・労働能力喪失率(自動車損害賠償保障法施行令別表)とほぼ同じ内容となっています。

オ 消滅時効に注意

 災害共済給付を受ける権利は、その給付事由が生じた日から2年間行わないときは、時効により消滅するとされています。時効についても、災害共済給付金を受けられるか否かに関わりますので、しっかりと確認して下さい( 請求と給付 (jpnsport.go.jp) )。

 

4 おわりに

 今回は、学校事故をめぐる令和4年の4判例を比較しつつ、損害賠償請求の相手方や学校事故における災害共済給付制度金制度等について検討しました。とりわけ、学校事故をめぐって災害共済給付を受ける際には注意すべきポイントが少なからずあるので、参考にしていただけると幸いです。

 

【参考】<国家賠償法>

 第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

 

 

スポーツの近時事故判例紹介④(マット運動事故/静岡地判R4.3.29)

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第4回目は、静岡地判R4.3.29(判例秘書LLI/DB L07750403)をとりあげます。

 

2 事案の概要

 本件は、被告の設置・管理する町立中学校において、2007年10月19日当時1学年に在籍していた原告が、同日実施された体育の授業において、同授業の担当教諭が原告に対し適切な指導・監督を怠ったことにより、マット運動の一つである前方倒立回転跳びの練習中に事故が発生し(以下「本件事故」)、これによって傷害を負い、後遺症が残ったと主張して、被告に対し、主位的には、国家賠償法(以下「国賠法」)1条1項に基づく損害賠償請求として8429万8385円及びこれに対する遅延損害金*の支払を求め、予備的には、在学関係における安全配慮義務違反による債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償請求として8429万8385円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。

 

*遅延損害金:本件事故の日から支払済みまで平成29(2017年)法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」)所定の年5分の割合による

**遅延損害金:請求後である20181218日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による

 

3 当事者の主張する事故の具体的態様(*裁判所の認定事実とは異なります)

(1) 原告の主張

 2007年10月19日2限目、本件中学校の体育館において実施された体育の授業中、原告が男子Aマットで前方倒立回転跳びの練習をしていた時、倒立直後に空中から着地する際に転倒し、頭部から頸胸部、背部、腹部及び腰部の全面を強打した。原告は、身体を打ったとき、頭の中が一瞬白くなり、それから意識が回復するまでの記憶がない。原告が暫くマットの上で倒れて、意識がなかったが、……意識を取り戻し、……原告が仰向けの姿勢からゆっくりうつ伏せ状態に回転し、四つん這いになり、頭を持ち上げて前方を見たところ、E1教諭がパイプ椅子に座り、腕組と脚組みをして頭をうなだれて下を向き、目を閉じているような様子が確認できた。なお、マット運動の授業に当たって、原告の前方倒立回転跳びに際して、補助者が付けられることも、E1教諭が原告に対し直接個別的指導をすることもなかった。

 

(2) 被告の主張

 原告が負傷するような本件事故が発生したことは争う。E1教諭は、本件事故を確知しておらず、また、生徒からも報告を受けていない。原告は、本件事故が発生したとされる2007年10月19日から同月29日までの11日間に、本件学校を欠席・早退したこともなく、サッカークラブの練習にも全て参加しており、生活に格別の異常はなかった。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、原告の請求をいずれも棄却しました。

 

5 主な争点に対する判断

(1) 本件事故発生の有無について

 判決では、「原告が、2007年10月19日実施の体育授業中、男子のAマットにおいて前方倒立回転跳び練習をしていた際、マットの上で倒立し、回転をした後、足をついて着地をすることができず、腰部(尾てい骨の上辺り)からマットに倒れる態様による失敗をして背部及び腰部を打ったことがあったと認めることはできるものの、転倒して頭部から頸胸部、背部、腹部及び腰部の全面を強打したとか、これにより、他の生徒らから声を掛けられるまで原告が意識を失っていたというような態様であったと認めることはできないから、原告が主張するような上記態様による本件事故の発生を認めることはできないといわざるを得ない」としています。

(2) 原告の傷病と本件事故の間の因果関係について

 判決では、「原告が脊髄不全損傷を発症したと認めるに足りる証拠はな」く、「脳脊髄液漏出症のいずれも発症したと認めるに足りる証拠はな」く、「原告の主張を採用することはできない」、「もっとも、原告による前方倒立回転跳びの失敗の態様が背部及び腰部を打ったというものであったことや、2007年10月19日以降、原告が腰部痛を訴えていたことなどからすると、これにより腰部打撲の限度で受傷したと推認することはできる」としています。

(3) 消滅時効について
 判決では、国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権の消滅時効について、「原告に発生した傷病は、腰部打撲であって、当該傷病に対する治療経過は明らかではないが、2007年10月19日以降の経過や当事者の主張状況等に鑑みれば、遅くとも、2010年12月末日までには症状固定したということができる。そうすると、同日を消滅時効の起算点とすることができるところ、2013年12月末日の経過により消滅時効は完成していることから、仮に原告が被告に対し、原告に生じた腰部打撲について国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権を有していたとしても、被告が消滅時効を援用したことにより、同請求権は消滅しているものというべきである」とし、安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効について、「安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効の起算点は、他の債務不履行に基づく損害賠償請求権と同様、債務不履行時である。そうすると、本件においては、原告が受傷した2007年10月19日を消滅時効の起算点とすることができるところ、2017年10月19日の経過により消滅時効は完成していることから、仮に原告が被告に対し、原告に生じた腰部打撲について債務不履行に基づく損害賠償請求権を有していたとしても、被告が消滅時効を援用したことにより、同請求権は消滅しているものというべきである」としています。

 

5 本判決のポイント

(1) 裁判所は争点全ての判断をするわけではない

 本件の争点は、以下のとおりとなっています。
● 本件事故発生の有無(争点①)
●  E1教諭の注意義務違反の有無
 ・かべ倒立・ジムボール・ブリッジから指導を開始すべき義務違反(争点②)
 ・前方倒立回転跳びの危険性を指導する義務違反(争点③)
 ・安全確保の手段を指導する義務違反(争点④)
 ・段階的・系統的に学習させる義務違反(争点⑤)
 ・練習内容をより難易度の低い前段階に戻す義務違反(争点⑥)
 ・個別的指導をすべき義務違反(争点⑦)
● 原告の傷病と本件事故の間の因果関係(争点⑧)
● 原告の損害(争点⑨)
● 消滅時効(争点⑩)

 このように、本件の論点は、①〜⑩ありますが、上述のように、裁判所は、①事故の有無、⑧因果関係、⑩消滅時効について判断したに過ぎません。このように、裁判所は結論を出すために必要な争点のみを判断します。

 なお、理屈の問題として、⑩の消滅時効の成立だけでも棄却の判断はあり得るところですが、本件では、そもそも原告が主張する態様の本件事故があったのかなかったのか(①)、原告の傷病と本件事故の間に因果関係があったのか(⑧)、を判断した後に、⑩の判断をしています。

 判決では、①について原告の主張する事故態様のごく一部を認定し、⑧についても原告が主張する傷病の一部を認定し、①で認定した事故態様との間で因果関係を認定しています。その上で⑩に関して、「仮に、原告が被告に対して、国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づく損害賠償請求権を有していたとしても、時効により消滅したというべきであることから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない」として、他の争点である注意義務違反の有無(②〜⑦)や損害額(⑨)については判断の必要なしとしています。

 

(2) 事故態様の立証の難しさ

 本件においては、原告の主張する事故態様は立証不十分で認定できないとされています。事故態様については、基本的に原告側に立証責任があるため、本件のようにかなり前の事故で、ビデオ等の客観証拠がない場合は、その立証は困難を極める場合が少なくありません。

 スポーツ事故では、交通事故のように現場検証がされることも少ないため、事故時態様に関わる証拠保全は非常に重要になります。

 

(3) 消滅時効に要注意

ア 主位的請求および予備的請求の法的構成

 本件においては、主位的請求と予備的請求があり、それぞれ法的構成が異なります。原告によれば、主位的請求は、国賠法に基づく損害賠償請求(不法行為に基づく損害賠償請求)であり、予備的請求は安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求とされています。

 

イ 改正前民法と改正民法いずれが適用されるか

 平成29(2017)年法律第44号により民法の改正が公布され、2020年4月1日に施行されました。消滅時効の経過措置について、改正民法附則10条4項に「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による」とあります。改正前民法か改正民法か、いずれが適用されるかは、2020年4月1日の施行日を基準にすることになります。

 本件においては、法的構成にかかわらず、債権が生じたのは、2020年4月1日より前であるため、改正前民法が適用されることになります。

 

ウ 国賠法に基づく損害賠償請求権に関する消滅時効

 主位的請求である国賠法に基づく損害賠償請求の時効に関しては、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求と同様としています(国賠法4条)。したがって、国賠法に基づく損害賠償請求権について、「被害者又はその法定代理人がから3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする」(改正前民法724条)とされています。すなわち、「知った時から3年」と「不法行為の時から20年」とで早い方の経過で時効が完成することになります。

 そして、3年の消滅時効の起算点である「損害を知った時」について、後遺障害が生じた場合には症状固定時とされています。実務上、症状固定時にようやく損害額の計算ができるからです。

 よって、判決では、「遅くとも、2010年12月末日までには症状固定したということができる。そうすると、同日を消滅時効の起算点とすることができるところ、2013年12月末日の経過により消滅時効は完成している」とし、「被告が消滅時効を援用したことにより、同請求権は消滅している」としました。

 

エ 債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効

 次に、予備的請求である安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効について、消滅時効の起算日は、改正前民法166条により「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する」とされ、同法167条により「債権は、10年間行使しないときは、消滅する」とされています。債務不履行に基づく損害賠償請求権について「権利を行使することができる時」とは、債務不履行時と解されています。

 よって、判決では、債務不履行時である「原告が受傷した2007年10月19日を消滅時効の起算点とすることができるところ、2017年10月19日の経過により消滅時効は完成している」とし、「被告が消滅時効を援用したことにより、同請求権は消滅している」としました。

 

オ 法的構成による消滅時効の完成時の相違

 以上をまとめると、主位的請求(国賠法に基づく請求)については、2013年12月末日の経過により消滅時効は完成し、予備的請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)については、2017年10月19日の経過により消滅時効は完成するとされ、時効の完成時期という観点からは予備的請求が有利であるといえます。

 

カ 時効に要注意

 本件においては、いずれの法的構成をとったとしても、時効が完成し、被告が援用したため、請求権は消滅しています。時効の完成を妨げる方法については別途検討したいと思いますが、スポーツ事故が生じた場合には、請求権が消滅してしまう時効には特に注意しなければならないことが分かると思います。

 なお、平成29年法律第44号による民法改正により、時効に関しても改正がありましたので、スポーツ事故に関係しそうなことのみ下記に記載しておきます。

 スポーツ事故による損害賠償請求は、殆どは、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求であるので、不法行為に基づく請求でも、債務不履行に基づく請求でも、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間行使しないとき、又は不法行為の時から20年間行使しないとき」に統一されました。

 よって、改正前民法では「知ったとき」から3年だったものが、改正民法では「知ったとき」から5年となったため、改正民法が適用された方が有利であるといえます。

 

(4) 遅延損害金について

ア 法的構成による遅延損害金の発生日

 遅延損害金についても法的構成によって、起算点が異なり、その額も異なってきます。遅延損害金は、履行遅滞時から発生し、国賠法に基づく損害賠償請求の場合、不法行為時(スポーツ事故の場合事故が起こった日)に遅滞となり、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合、安全配慮義務違反による債務は期限の定めのない債務であるため、請求により遅滞となります。

 

イ 本件請求における遅延損害金

 本判決は、いずれの請求も棄却しているので、当然ながら遅延損害金も発生しませんが、請求においては、主位的請求の遅延損害金について、「本件事故の日から支払済みまで平成29(2017年)法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」)所定の年5分の割合による」とし、予備的請求の遅延損害金について、「請求後である20181218日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による」としています。

 

ウ 民法改正による遅延損害金の相違

 遅延損害金の利率は、改正前民法によれば、年5%(改正前民法419条1項、404条)となっています。これに対して、改正民法では、法定利率を当初年3%とし、3年を1期として、1期ごとに1%以上の変動があった場合に1%単位で法定利率を変更しますが、個別の事案においては、法定利率が変更されたとしても、最初の法定利率が適用されます(改正民法404条)。

 また、遅延損害金の法定利率は、施行日前に債務が生じた場合(施行日以後に債務が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む)におけるその債務不履行の責任等についても、旧法の規定によることとされています(改正民法附則17条1項)。

 なお、改正民法の施行日の2020.4.1から2023.3.1までの3年間、続く期の2023.4.1から2026.3.31までの3年間において、法定利率は3%とされています( 法務省:令和5年4月1日以降の法定利率について (moj.go.jp) 参照)。

 

エ 遅延損害金に関する注意

 改正前民法によれば、年5%の遅延損害金が発生し、認容額や支払済みまでの期間によっては大きな額にもなり得ます。

 改正民法の施行後2026.3.31まででも、年3%の遅延損害金とされており、それでも認容額や支払済みまでの期間によっては大きな額になる可能性があります。

 したがって、実務上は極めて重要なところだといえます。

 

6 おわりに

 第1回から4回続けて、学校におけるスポーツ事故をとり上げました。第1回から第3回までは認容(一部認容)の判決でしたが、第4回は棄却の判決でした。

 本件については、事故が2007年に発生したにもかかわらず、10年以上経過した2018年に訴訟提起しています。なぜ、訴訟提起までそこまで時間がかかったのか、その具体的な理由はわかりませんが、長期の時間の経過により、証拠が散逸したことで事故態様の立証が困難になり、また消滅時効の援用により請求権が消滅してしまい、棄却となってしまったように思われます。

 今後もスポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

参照条文★

【国家賠償法】

第4条 国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による

【改正前民法】(平成29(2017)年法律第44号による改正前の民法)
第166条 消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する。(2項以下省略)

第167条 債権は、10年間行使しないときは、消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は、20年間行使しないときは、消滅する。

第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。

【改正民法】(平成29(2017)年法律第44号による改正)

第166条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。

第167条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第1項第2号の規定の適用については、同号中「10年間」とあるのは、「20年間」とする。第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
① 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
② 不法行為の時から20年間行使しないとき。

第404条 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。
 法定利率は、年3パーセントとする。
 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする。
 各期における法定利率は、この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に一パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し、又は減算した割合とする。
 前項に規定する「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月までの各月における短期貸付けの平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が1年未満のものに限る。)に係る利率の平均をいう。)の合計を60で除して計算した割合(その割合に0.1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)として法務大臣が告示するものをいう。

第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「3年間」とあるのは、「5年間」とする。

【附則(平成29年6月2日法律第44号)】

第10条 (1項~3項省略)
4 施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。

第17条 施行日前に債務が生じた場合(施行日以後に債務が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。附則第25条第1項において同じ。)におけるその債務不履行の責任等については、新法第412条第2項、第412条の2から第413条の2まで、第415条、第416条第2項、第418条及び第422条の2の規定にかかわらず、なお従前の例による。
2 新法第417条の2(新法第722条第1項において準用する場合を含む。)の規定は、施行日前に生じた将来において取得すべき利益又は負担すべき費用についての損害賠償請求権については、適用しない。
3 施行日前に債務者が遅滞の責任を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法第419条第1項の規定にかかわらず、なお従前の例による。
4 施行日前にされた旧法第420条第1項に規定する損害賠償の額の予定に係る合意及び旧法第421条に規定する金銭でないものを損害の賠償に充てるべき旨の予定に係る合意については、なお従前の例による。

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介③(河川転落事故/金沢地判R4.12.9)

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第3回目は、金沢地判R4.12.9(判例秘書LLI/DB L07751259)をとりあげます。

 

2 事案の概要

 本件は、B高等学校の生徒であり、同校の野球部に所属していた高校1年生のCが、野球部の活動中に河川へ転落して死亡した事故に関し、Cの父母である原告らが、指導担当教員らに注意義務違反があったと主張して、同校を設置する被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、Cの損害金の相続分及び原告ら固有の損害金の合計各2723万6257円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。

 

3 事故の具体的態様

 本件野球部は、平成29年11月5日午前中、本件高校のグラウンドにおいて他校の野球部と練習試合を開始し、Cは、試合に出場しませんでしたが、部活動には参加しました。
 練習試合中、相手高校の打者が打ったボールが外野フェンスを越えてグラウンド外に飛び出し、グラウンドのそばを流れている川に落下し、Cは、本件高校1年生の野球部員Aと共にボールを回収しに行き、川の水面に浮かんだボールを、回収道具であるタモ網を用いて回収しようとしたところ、川に転落しました。
 Cは、転落から約30分後に水中から意識のない状態で発見され、病院に搬送されましたが、同月7日午前7時頃、死亡しました。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、被告の原告ら対する、それぞれ1155万0864円(請求額の約42%)及び遅延損害金の支払を認めました。

 

5 主な争点及びそれらに対する判断

 主な争点は、①ボールの回収を中止させるべき義務の違反の有無、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無、③因果関係の有無、④損害額、⑤過失相殺の可否についてです。

(1)  ①ボールの回収を中止させるべき義務、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無について

 判決では、担当教員等の一般的注意義務について、「公立高校における教育活動の一環として行われる課外の部活動においては、生徒は担当教員の指導監督に従って行動するのであるから、担当教員は、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的な注意義務を負うと解すべきである。」としています。

 次に、生命身体の危険に対する予見可能性について、「Cの発見場所付近の法面(のりめん、建築や土木で人工的に造られた傾斜面。堤防の斜面など)の傾斜は33度であって、相応の急勾配であり、川に落下したボールを回収するために、ガードレールを越えて法面に下りた場合、体勢を崩して河川に転落する危険があると認められる。また、川は川幅が約15メートルに達することがあり、その水深は約2メートルに達する部分のある河川であるため、転落した場合に自力で岸まで辿り着くことが困難な場合もあると認められる。
 そして、河川及び法面の状況を一見すれば、このような危険があることは容易に想定できるといえる。これに加えて、E監督は実際にボールを回収しようとして河川に転落し、自力で岸に上がることができなかったことがあることも踏まえれば、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたと認められる。」としています。
 さらに具体的注意義務の内容について、「本件野球部における指導担当教員らの注意義務の内容を検討すると、部活動中に河川に落ちたボールを回収すること自体は社会的に相当な行為というべきであり、川にボールが落下した場合でも、ガードレールを越えない範囲でボールを回収する行為については、転落の具体的な危険があったとは認められないことからすれば、指導担当教員らにおいて、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえない。そして、河川に落ちたボールを回収しようとする生徒の河川への転落を防止するには、生徒がガードレールを越えないようにすることで必要かつ十分であるから、指導担当教員らとしては、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があったと認められる。」としています。
 その上で、指導担当教員らに、上記注意義務の違反があったかについて、「指導担当教員らは、平成27年4月頃に、当時の新2、3年生部員に対して、河川に落ちたボールの回収の際に、ガードレールを越えてはならないことなどを告げたことが認められるものの、同年度以降に入部した部員に対し、同教員らから河川に落ちたボールの具体的な回収方法について直接の指導は行っていない。
 高校生の自主性や自立性を涵養するために、生徒間で河川に落ちたボールの回収方法を伝達させることは不合理ではないが、生徒間で正確に伝達がされ、理解されていることを指導担当教員らが適宜確認し、必要に応じて指導をすべきであるといえる。
 本件事故当時、河川に落ちたボール回収の際、ガードレールを越えてはならないことについて、指導担当教員らが適切な指導をしたとはいえず、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠っていたと認められる。」としています。

 

(2)  ③因果関係の有無について

 因果関係については、「指導担当教員らにはガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務の違反があるところ、同注意義務を尽くしていれば、本件事故を回避することができたと認められる。したがって、指導担当教員らの注意義務違反とCの死亡結果との間には相当因果関係があると認められる。」としています。

 

(3)  ④損害額について

 判決では、Cの損害額の合計を6500万2468円、原告ら固有の損害を500万円と認定し、その合計額7000万2468円から、過失割合の3割を控除し(控除後4900万1727円)、さらに日本スポーツ振興センターの災害共済給付金2800万円を控除した2100万1727円を認め、弁護士費用を210万円として、合計で2310万1727円(原告らの合計額)を認容しています。

 

(4)  ⑤過失相殺の可否について

 過失相殺について、本件事故当時、Cは高校1年生であって、自らの生命又は身体に対する危険を事前に予見し、これを回避する行動を執るための基本的な事理弁識能力を備えていたと認められる。そして、川幅等の状況及び法面の形状に加えて、そもそもガードレールは河川への転落事故を防止するために設置されていることからすれば、ガードレールを越えてボールを回収することに転落の危険が伴うことは、Cにとっても予見可能であったというべきである。また、指導担当教員らが、いかなる場合でもボールを回収するよう指導をしていたとか、ボールの回収を諦めた生徒を叱責していたという事情は認められず、本件野球部の生徒において、本件事故当時、生命又は身体の危険を冒してまでボールを回収しなければならないと考えざるを得ない状況にあったとはいえない。
 したがって、Cとしては、ガードレールを越えない範囲でボール回収を試み、それでも回収できない場合は断念すべきであり、そうであるにもかかわらずガードレールを越えて回収を試みたCにも一定の落ち度があるといわざるを得ない。そして、以上指摘した事情に照らせば、3割の過失相殺をするのが相当である。」としています。

 

6 本判決のポイント

 本判決は、原告の請求の42%が認容されていますが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。本件は、第1回スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24)、第2回スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20)に続いて、いずれもいわゆる学校事故であり、請求が棄却されることなく、認容された点で共通していますが、第1回、第2回の判決においていずれも過失相殺を否定したのに対し、本件では過失相殺(3:7)を認めています。

 

(1) 注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは従前の本欄の判例紹介で述べたとおりです。

 本判決では、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的注意義務を負うとしました。続いて、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたとして予見可能性を認めました。その上で、具体的注意義務の内容に関し、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえないとしましたが、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があるとし、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠ったとしました。

 ここでも、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。

 

(2) 損害額と過失相殺、弁護士費用について

 本件における、請求における損害額と裁判所が認容した損害額の比較は以下のとおりです。

 

 

請求額

認容額

治療費

97,176

97,176

文書料

4,290

4,290

寝具/病衣等代

6,982

6,982

親族付添費

40,000

39,000

入院雑費

4,500

4,500

入院慰謝料

70,000

53,000

葬儀関係費用

3,000,000

1,500,000

死亡逸失利益

43,297,520

43,297,520

死亡慰謝料

25,000,000

20,000,000

固有の慰謝料

6,000,000

5,000,000

小計①

77,520,468

70,002,468

過失相殺(3割)

77,520,468

49,001,727

既払金

-28,000,000

-28,000,000

小計②

49,520,468

21,001,727

弁護士費用

4,952,046

2,100,000

合計

54,472,514

23,101,727

 

 上記表において、小計①(弁護士費用等を除いたC及び両親の損害)までは、1円単位で損害額が認定されており、請求額の約90%が認められています。ところが、その認定額である7000万2468円から過失相殺により3割に相当する2100万0741円が一挙に減額されています。過失相殺をすべき理由はある程度述べられているものの、なぜ(2割でもなく4割でもなく)3割なのかという理由は述べられていません。ここに訴訟における過失相殺に関する戦いづらさがあります。

 弁護士費用については、何度が本欄でも触れましたが、損害額の10%が相場です。上記表でも、請求額、認容額のいずれにおいても、弁護士費用は小計②の10%程度となっています。なお、弁護士費用については、実際に弁護士に支払う額とは異なることに注意が必要です。

 

7 おわりに

 第1回から第3回まで3回続けて、学校におけるスポーツ事故をとり上げました。今後もスポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20 )

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第2回目は、福岡地方裁判所小倉支部判決R4.1.20をとりあげます。

 

2 事案の概要

 被告の設置する福岡県立A高等学校(以下「本件高校」)に在学していた原告が、本件高校の硬式野球部(以下「本件野球部」)の練習中、右側頭部に打球が直撃して外傷性くも膜下出血等の傷害を負い(以下「本件事故」)、右側感音性難聴・内耳機能障害等の後遺障害が残ったところ、本件事故は部活動顧問であるB教諭による安全配慮義務違反により発生したものであると主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、2492万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

 

3 事故の具体的態様

 本件野球部では、令和元年8月8日午前11時頃から、本件高校のグラウンドにおいて、部活動として打撃練習を行い、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた投手板から本塁までの距離(18.44m)よりも短い、約15m程度の距離で行われていました。
 本件当日、他の部員が打撃投手を務めた後に原告が打撃投手を担当しました。原告の前方にはL字ネットが設置され、側方には防球ネットが設置されていました。L字ネットの高くなっている部分は打撃投手の身体全体が隠れる程度の高さでしたが、原告は、L字ネットの低くなっている部分から右手で投球しました。原告は、従前は投球後に身体をL字ネットの高い方に移動して打球を回避していましたが、本件当日は、打撃投手を始めて一球目のボールを打者が打ち返した際、打球を回避しきれず、ボールが原告の右側頭部に直撃しました。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、被告の原告に対する、2261万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を認め、原告のその余の請求を棄却しました。

 

5 主な争点及びそれらに対する判断

 主な争点は、①B教諭の職務行為の違法性、②過失相殺の適否、③損害額です。

(1)  B教諭の職務行為の違法性の有無について

 本件では、B教諭の職務行為の違法性について、「高等学校の野球部の練習活動に関しては、高野連が、打撃練習時において「製品安全協会」のSGマークが付けられている投手用ヘッドギアの着用を義務付けていることに鑑みると、B教諭は、本件事故当時、本件野球部の顧問として、本件野球部の部員が同部の活動として打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。しかしながら、本件事故当時、B教諭は、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかった。そうすると、B教諭は、打撃練習時に打撃投手を務めていた原告に対して投手用ヘッドギアを着用するよう指導せず、これにより上記職務上の注意義務に違反して本件事故を生じさせ、原告に損害を与えたものとして、被告の公務員であるB教諭の職務行為の違法性が認められるというべきである。」としています。

(2) 過失相殺の適否について

 本件では、過失相殺について、「高野連が、打撃練習時に、打撃投手を務める者に対して投手用ヘッドギアの着用を義務付けたのは、硬式球が打撃投手の頭部に当たれば生命身体に重大な危険が生じるおそれが高いところ、打撃投手を務める者と打者との距離及び打球の速さを勘案すると、L字ネットだけでは当該打撃投手が打球を避けられない場合があることによるものと解される。しかも、本件事故時の打撃練習においては、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた距離よりも短く、約15mしかなかったことからすれば、打撃投手はL字ネットだけでは打球を避けることができず、打球が打撃投手の頭部に当たる可能性が高くなっていたといえる。そうすると、B教諭が、打撃投手を務める原告に対し、その生命身体の安全を確保するため投手用ヘッドギアを着用するよう指導する必要性は高く、配布されていた指導者必携の記載を確認せずこれを怠ったB教諭の過失は重大であるというべきである。そうすると、本件事故が、原告がL字ネットに身体を隠すのが遅れたことも一因となって発生したものであるとしても、損害の公平な分担という見地に鑑みると過失相殺を認めることは相当とはいえず、被告の主張は採用できない。」としています。

(3)  損害額について

 本件では、損害額について、請求額の2492万4953円の約90%である2261万4953円が認められています。

 

6 本判決のポイント

 本判決は、原告の請求の90%が認容され、原告の勝訴といえる判断でしたが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。事案の概要は異なるものの、いずれもいわゆる学校事故であり、判断の構造としては前回の本欄で検討した福岡地裁久留米支部判R4.6.24(以下「久留米支判」、スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24))に近いものがあります。

(1) B教諭の注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは前回の本欄の判例紹介で述べたとおりです。

 本判決では、B教諭は、打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っているにもかかわらず、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかったことをもって、注意義務違反及び職務行為の違法性が認められるとしています。

 なお、久留米支判(ゴールポスト転倒事故)では、校長が、文部科学省等からのゴールポストの安全管理に関わる通知について認識していながら、ゴールポストの固定を怠ったとして注意義務違反を認定されています。

 両判決の比較からいえることは、管理者や指導者が、安全に関する通知や情報を知っていながらその内容を実践していなければ当然に注意義務違反が認められ、たとえ情報等を知らなくてもそれが容易に入手できる場合や、知っておくべき情報等である場合にその情報等で啓発された内容が原因となり事故が発生すれば、やはり注意義務違反が認められることになるということになります。

 したがって、指導者や管理者は、生命や身体の安全にかかわる情報については、常にアンテナを張り巡らせ、その内容を実践していく必要があるといえます。

 なお、この情報等を知っているか否かは、過失でいうところの予見可能性に当たる部分ですが、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。

(2) 過失相殺について

 過失相殺についても前回も述べましたが、裁判所の裁量により認められること、とりわけスポーツ事故の場合、交通事故と比較して、その基準があいまいであること、殆どの場合1割単位で減額され、減額の幅が大きいことがあり、原告(被害者側)からすると、戦いづらいところでもあるのですが、本判決においても、過失相殺をしないと判断されており、参考になると思います。

 その理由は上記のとおりで、久留米支判の過失相殺をしない理由がかなりの紙幅を割いているのに比べて少し短いのですが、十分に参考になります。いずれも、被害者側にも落ち度といえるものがあるが、被告側の過失や落ち度の大きさからすると取るに足らないという判断で過失相殺が否定されています。

 

7 おわりに

 前述したように、前回でとり上げた久留米支判と今回の判決と共通項も多く、いずれも行政側が敗訴していることもあり、参考になると思われます。

今後も、スポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

 

 

スポーツ事故の近時判例紹介①(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24)

1 はじめに

 スポーツ事故に関する近時の判例をとり上げ、ポイントとなる点について検討したいと思います。

 今回は、フットサルゴールポストが転倒し、小学校の児童がその下敷きになって死亡した事故に関し、児童の相続人である原告らが学校の設置者である地方自治体に対し損害賠償を請求した事件( 福岡地裁久留米支部判R4.6.24 )をとり上げます。

 

2 事案の概要(福岡地裁久留米支部判R4.6.24 091289_hanrei.pdf (courts.go.jp)

 本件は、被告である地方公共団体が設置する小学校において、体育の授業としてサッカーが実施されていたところ、同校の運動場に設置されていたフットサルゴールポストが転倒し、当時小学校4年生であったAがその下敷きになって死亡した事故に関し、Aの相続人(両親)である原告らが、被告に対し、以下の請求をしました。

 

3 原告らの請求について

①本件事故による損害賠償請求権について

 本件小学校の教員らには、本件ゴールポストを適切に固定しなかったなどの安全配慮義務違反があるとして、国家賠償法(以下、「国賠法」)1条1項に基づき、本件事故によりAに生じた損害及び原告らの固有の損害を合わせて、それぞれ1940万4936円及び遅延損害金の支払を求める(予備的に、本件ゴールポストには設置又は管理の瑕疵があると主張(国賠法2条1項))とともに

②本件事故の原因に関する調査報告義務違反による損害賠償請求権について、

 被告は、原告らと被告との間の在学契約関係上の付随義務として、原告らに対し、本件事故について十分に調査を行い、その結果を原告らに報告し、調査に関して原告らの意向を確認し配慮する義務があるにもかかわらず、被告がこれらの義務を怠ったとして、国賠法1条1項に基づき、それぞれ損害賠償金220万円及び遅延損害金の支払を求めました。

 

4 裁判所の判断

  原告の請求のうち、上記①に関し、本件小学校校長は、本件事故の発生に対する予見可能性を認定した上で、本件小学校の安全点検担当教員や点検担当の教員をして、本件ゴールポストの固定状況について点検し、本件ゴールポストの左右土台フレームに結束されたロープと鉄杭を結ぶ方法などによって固定しておくべき注意義務があったにもかかわらず、この義務を怠り、その結果、本件事故当時、本件ゴールポストの左右土台フレームはいずれも固定されていなかったことをもって、国賠法1条1項の過失が認められ、原告らは、被告に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償として、それぞれ1830万0851円及びこれに対する平成29年1月 13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容し、その他の請求(上記②など)については棄却されています。

 

5 本判決のポイント

(1)  亡くなったA君や遺族の思い

 本件においては、被害者のA君は亡くなっています。A君が本件事故についてどのような思いで亡くなったかは知るよしもありませんが、事故から訴訟提起まで、そして本判決を経て、さらなる当事者間での話し合いなど、本当の解決がなされるまで(本当の解決があるのかも分かりませんが)に、遺族に様々な思いがあったと想像に難くありません。

 裁判が全てを解決してくれるわけではありませんが、一つの区切りをつけてくれることも確かだと思います。

(2) 本件小学校校長の注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要です。

 本判決では、「本件ゴールポストの固定状況について点検し、本件ゴールポストの左右土台フレームに結束されたロープと鉄杭を結ぶ方法などによって固定しておくべき注意義務があった」とされていることから、ゴールポストについては点検、適切な固定が重要であることが分かります。

(3) ゴール転倒事故

 サッカーゴール(フットサルゴール)、ハンドボールゴールやバスケットボールゴールの転倒による事故は少なからず報告されており、学校の責任を認めた本件の判断は評価できるものと考えます。

 今後とも、このような回避できる事故をしっかりと回避していくことの重要性は言うまでもありません。なお、ゴールの転倒事故については機会を改めて検討します。

(4)   過失相殺

 本件においては、過失相殺について、少し検討を加えておきたいと思います。

 判決では、「本件校長を除く教員ですら、サッカーゴールのゴールポストが危険であるという認識を持っていなかったのであるから、ましてや、ゴールポストが危険であるという指導を受けていない、Aを含む本件小学校の4年生の児童が、本件ゴールポストが転倒するといった危険性を認識していたとは到底考えられない。そして、本件ゴールポストは、破れたゴールネットを固定するためのロープが、クロスバー部分から下方に弛んだ状態になっていたところ、サッカーの試合中に、味方がゴールを決めたことに喜んで上記ロープにぶら下がること自体、突発的な行為であって、小学校4年生の児童にとってそもそも非難し得る程度の低いものであるといえる。そうすると、当時小学校4年生の児童であり、ゴールポスト転倒の危険性について何ら指導を受けていなかったAにおいて、本件ゴールポストのロープにぶら下がることの危険性を認識できたとはいえないし、行為の性質としても非難し得る程度は低いといえるから、Aについて、損害賠償額を定める上で公平の見地から斟酌しなければならないほどの不注意があったとはいえない。さらに、安全点検を徹底する義務を負っているのに、定期的な安全点検と授業前の安全点検をともに履践せず、本件ゴールポストについて必要な 固定措置が取られていないことを見逃したという被告の過失の重大性に鑑みると、亡Aの過失を斟酌すべきであるという被告の主張は採用できない。」(過失相殺しない理由の一部抜粋)としています。

 過失相殺は、読んで字のごとく、加害者側の「過失」と被害者側の「過失」を相殺するものですが、ここでの被害者側の「過失」は、不法行為の要件の過失(加害者側の「過失」)あるいは債務不履行の帰責事由とは異なり「減額を相当とするような被害者側の事情」と解され、その立証責任は加害者側にあるとされています。

 過失相殺は、裁判所の裁量により認められること、とりわけスポーツ事故の場合、交通事故と比較して、その基準があいまいであること、殆どの場合、1割単位で減額され、減額の幅が大きいことがあります。

 このようなことから、被害者側からすると厄介な規定で、予測可能性がなくバッサリ減額されることも少なくなく、訴訟の中で戦いづらいところでもあるといえますが、本件においては、過失相殺をしない理由が詳細に述べられているので、参考にされるとよいと思います(上記は一部抜粋ですので判決文に当たられることをお勧めします)。

 

6 おわりに

 上記に検討した点以外の、たとえば調査報告義務に関する検討は、紙幅の関係上、機会を改めたいと思います。

 判例は、ひとつの事例判断に過ぎないのですが、訴訟の戦略を立てる際にも、今後の事故予防にも役に立つので、これから少しずつ紹介していきたいと考えています。

 

 

 

証拠集めのススメ ~暴言・パワハラ事案において~

1  はじめに

不幸にも、スポーツの指導者の暴言やパワハラによって、精神的苦痛を被り、病院に通わざるをえなかったり、そのスポーツをやめざるを得なかったりすることがあります。

被害に遭われた方には、先ずは心身の回復を目指していただきたいと思います。そして、被害に遭われた方の多くは、指導者に対し然るべき処分をして欲しいと考えることと思われます。

本稿では、適正な処分を実現するために注意すべきことについて、証拠を中心に述べていきたいと思います。

 

2  事実認定と証拠

ある人を処分する場合に、処分の対象となる事実の認定は、原則として証拠に基づかなければなりません。というのも、その人に不利益な処分を科すためには、間違いがあってはならず、そのため確たる証拠に基づかなければならないからです。

ただし、処分の対象となる行為者が自由な意思に基づいて事実を認めている場合は、そのような間違いが生じないことから、例外的に証拠に基づくことなく、事実を認定することができます。

したがって、どのような事案でも、行為者が事実を認めない限りは、証拠が必要となります。

 

3 証拠の多寡

事案によって、証拠が豊富にあったり、反対に証拠が少なかったりすることがあります。

たとえば指導者の暴力により怪我を負ったという事案では、暴力を振るった上に怪我までさせているため、事実の痕跡である証拠が比較的残り易いといえます。

ところが、暴言やパワーハラスメント(パワハラ)がなされた場合では、事実の痕跡が残りにくく、実際に目ぼしい証拠がないことが多いといえます。

このように事案の性質によって証拠の多寡の傾向はありますが、結局は事案ごとに証拠の多寡は異なることになります。

そして、証拠は多いに越したことはありませんが、より重要なのは個々の証拠の価値です。証拠の価値は、一般的にその証拠がどの程度信用できるか(信用性)やその証拠と立証すべき事実とどの程度関連するか(関連性)等によって決まるとされています。以下では、証拠の信用性を中心に具体的に検討します。

 

4 目撃証言

たとえば、ある人が、当該行為をたまたま目撃していたとします。

被害者としては、目撃者がいるなら、事実はその人が明らかにしてくれると考えるのが通常と思われます。このように目撃者が当該行為について証言してくれれば、これが証拠となります(目撃証言)。

しかし、実際には、目撃者が行為者の行為について進んで証言をしてくれることは多いとはいえず、目撃者の協力を得るのは簡単ではありません。トラブルに巻き込まれたくない、行為者の逆恨みが心配される、目撃はしたものの証言できるほど明確に記憶していない等の事情があり得るからです。

 

5 目撃証言の信用性

仮に目撃証言が得られたとしても、残念ながら目撃証言は信用性が高いとはいえず、証拠として万全とはいえません。

その理由は、①人の証言には誤りが入り易いこと、②目撃者と行為者又は被害者との人的関係によって証言の内容が変わり得ることにあります。

①については、目撃証言は知覚、記憶、叙述という過程をたどりますが、事実を知覚・認識する際に誤りが入る可能性があり(見間違い、聞き間違い)、その認識を記憶する際に誤りが入る可能性があり(覚え間違い)、その記憶を叙述・表現する際に誤りが入る可能性がある(言い間違い、書き間違い)からだとされています。

②については、目撃者が、行為者あるいは被害者に人的関係が近い場合には、目撃証言がその者に有利な証言内容となり易く、反対に行為者や被害者と敵対関係にある場合には、目撃証言がその者に不利な証言内容となり易いためです。

 

6  録音・録画記録

処分の対象となる事実に関する証拠として目撃証言しかなく、なおかつ行為者が否認しているような場合には、目撃証言の信用性を中心とした証拠価値を精査しなければなりませんが、事実の認定は難航せざるを得ません。

それでは、どのような証拠があればより事実の認定に役立つのでしょうか。

これは皆さん方も納得いただけるところかと思いますが、処分の対象となる行為者の言動を録音又は録画した記録(録音・録画記録)があればよいといえます。録音・録画記録は、目撃証言のように誤りが入る可能性が類型的に少ないといえますし、人的関係に原則として左右されないといえるからです。もちろん、録音・録画記録も改ざんしようと思えばできますが、信用性という点では目撃証言よりも格段に高いといえます。

 

7  秘密録音・録画の適法性

当該行為を録音したり、録画したりしたものの、行為者に知らせずに録音や録画したため、その違法性について心配される方も多いと思います。いわゆる秘密録音・録画といわれるもので、たとえば、行為者の承諾なしに、ポケットの中のスマホで録音するとか、友人に頼んで撮影してもらうなどのケースがあります。

秘密録音・録画は、原則として違法性があるとはされておりませんので、秘密録音・録画のデータを証拠とすることに問題はありません。

したがって、当該行為の録音・録画データがあるのであれば、迷わず提出して、事実認定に役立ててもらえばよいと思います。

 

8 証拠に乏しいとき

そうは言っても、録音・録画データなどの決め手となる証拠がないということも多いと思います。

パワハラや暴言に苦しんでおられる方には言いづらいのですが、そのようなときの対処法として、もう少し我慢をしていただいて、行為を録音や録画していただきたいのです。その場合、上に述べたように、行為者の承諾を得る必要はありません。

重要なのは、その行為自体を録音・録画することです。なぜなら、行為自体ではなく、その前後の行為が録音・録画されていたとしても、その証拠の価値はかなり下がってしまうからです(関連性の問題)。

 

9 おわりに

私は、スポーツ団体において、指導者等の処分をする委員会の委員を務めておりますが、被害者が勇気を出して暴言やパワハラの告発をしたとしても、証拠の乏しさゆえに事実認定が困難であることも多々あります。

このようなことを避けるためにも、もし本稿を読まれた方が、指導者の言動に関して、「これってもしかしてパワハラ?」「今の発言は暴言?」と感じられ、少しでもその指導者への信頼が揺らぎ始めたら、その行為を録音・録画することをお勧めします。指導者との信頼関係があるので、なかなか秘密録音・録画に踏み切れないかも知れませんが、取り返しのつかない事態に陥ることを避けるためにも一考していただけるとよいと思います。

 

 

 

スポーツ中のプレイヤー同士の事故に関する注目すべき判例について

1 はじめに

スポーツ中のプレイヤー同士の事故についての注目すべき判例として、バドミントン事故判決( https://gohda-law.com/blog/?p=632 参照)を紹介させていただきましたが、これとは別の事件に関する、注目すべき判例を紹介します。なお、本件は、2審から私が控訴人(原審原告)代理人を担当させていただき、2審で確定しています。

 

2 事案の概要

自治会の運動会で自転車リングリレー競技(自転車のリングホイールを金属製のスティックを使って転がし早さを競い合う競技、以下「本件競技」)の最中、女性が、男性に衝突されて転倒し、頭部を地面に打ち付け、救急車で搬送され、その後、脊椎捻挫、全身打撲、末梢神経障害との診断を受けました(後遺障害はありませんでした)。そこで、女性は男性に対し、209万円余の損害賠償を求めて提訴しました。

 

3 リングリレー1審判決(さいたま地方裁判所判決平成30年1月26日(平成28年(ワ)第909号)LLI/DB等)

1審判決は、原告の請求を棄却しました。その理由において、「本件競技はスポーツの一類型というべきであり、本件事故は、その過程で生じたものであるところ、スポーツの参加者は、一般に、そのスポーツに伴う危険について承知しており、その危険の引受けをしていると解されるから、当該スポーツ中の加害行為については、加害者の故意・重過失によって行われたり、危険防止のためのルールに重大な違反をして行われたりしたような特段の事情のある場合を除いて、違法性が阻却される」との規範を定立し、原告が「本件競技の性質やルールを熟知していた」ことをもって「本件競技に伴う危険について承知しており、その危険を引き受けしていたというべきである」とし、特段の事情を認めることもできないとして、被告に法的責任があるとはいえないとしました。

さらに、判決は「結局、本件競技は、競技者がスティックからリングが離れないように注意しながらできるだけまっすぐ進もうとするが、なかなかうまくいかないという点に醍醐味のあるものであるところ、本件事故は、原告と被告の双方とも、衝突するまで相手に気づかず、互いに前方不注視だったために発生した不幸な事故であり、本件競技に内在する危険が発現したもの」としています。

 

4 1審判決の評価

(1) 1審判決の規範について

1審判決は、スポーツ中のプレイヤー同士の事故について、危険の引受けを理由に原則として違法性を阻却するとしつつ、例外的に、①加害者に故意・重過失あった場合、②危険防止のためのルールに重大な違反をして行われたなどの特段の事情がある場合には、違法性を阻却しないという規範を定立しています。

しかし、このような規範を定立した根拠が明らかではありません。たとえば、特段の事情において、①に過失を含めなかった根拠や②で危険防止のためのルールに反していた場合について「重大な」ものに限定する根拠が不明です。

また、スポーツの各競技の個別具体的な特性や状況を比較検討することなく、一律に、スポーツのあらゆる危険を引き受けているとするのは無理があると思います。

さらに、この規範によれは、危険防止のためのルールの軽微な違反が認められ、なおかつ過失によって、相手方を死亡させたとしても、違法性を阻却することになり、これは結果の妥当性を著しく欠くことになるのではないでしょうか。

(2) 危険の引受の根拠について

1審判決が、原告において「本件競技の性質やルールを熟知していた」ことをもって、「本件競技に伴う危険について承知しており、その危険を引き受けしていたというべきである」とするのにも、論理の飛躍があると思われます。判決では、これまで本件競技において傷害を負う事故が多発していたといった事情が認定されていない以上、「本件競技の性質やルールを熟知していた」ことはむしろ本件競技が安全であるとの認識があったとして、危険を引き受けていなかったとするのが自然なのではないでしょうか。

(3) 「競技の醍醐味」「不幸な事故」について

さらには1審判決が「結局、本件競技は、競技者がスティックからリングが離れないように注意しながらできるだけまっすぐ進もうとするが、なかなかうまくいかないという点に醍醐味のある」とした点、「本件事故は、原告と被告の双方とも、衝突するまで相手に気づかず、互いに前方不注視だったために発生した不幸な事故」とした点について、論理的な判断内容とは到底いえないと思われます。なお、控訴人(原審原告)はこの部分をもって控訴を決断したといっても過言ではありません。

 

 

5 リングリレー 2審判決(東京高等裁判所判決平成30年7月19日(平成30年(ネ)第1024号))

2審判決では、控訴人(原審原告)の請求の一部(10万円)を認容しました。

「スポーツ競技中であるからといって、自らの位置方向と付近の状況を可能な限り随時確認して、他の競技者との衝突を回避するように注意すべき一般的な注意義務が存在することを否定することはできない。」「本件競技がスポーツの一類型であることからすると、そのルールないしマナーに照らし社会的に許容される一定範囲内の行動は違法性が阻却されると解し得るものの、親睦目的で行われた本件競技の前記の性質に照らすと、その範囲となるのは、ごく軽度の危険や衝突にとどまるといわざるを得ない。」そして、衝突回避が可能であったと認め、衝突を回避すべき注意義務違反があったとし、また、社会的に許容される範囲内とはいえないとして、違法性が阻却されないとしました。

さらに、「他者との衝突を回避するというのは、道路で歩行する場合等も含め、日常的に広く認められる基本的注意義務というべきであって、チームごとの順位をつける競技であるとはいえ、本件競技が競技者同士のボディコンタクトを予定したものではないことからすると、一般的な衝突回避義務がおよそ免除されていたと解することはできない。」

違法性阻却について、「スポーツ競技中、ルール違反さえなければ常に違法性が阻却されるとは解することはできず、当該スポーツの性格や事故の生じた具体的状況に即して検討すべきところ、幅広い参加者が親睦目的で参加するといった本件競技の性格に鑑みれば、本件競技に内在している危険として違法性が阻却されるのは、ごく軽度の危険や衝突に限られると解するのが相当である。」

「被控訴人は、競技者同士が対向して走行するといった形式で本件競技が行われたことにより危険が高まったと指摘して、主催者の側で、これを前提とした安全対策を講じるべきであって、競技参加者に損害分担の責任を負わせるべきではない旨主張する」が、被控訴人が回避可能であったといえる上、主催者の責任と競技者の責任とは択一的な関係にはないから、主催者の損害賠償責任の有無にかかわらず、その責任を免れない。

 

6 2審判決の評価と若干の私見

(1) スポーツ中の衝突回避義務について

2審判決が、「スポーツ競技中であるからといって、自らの位置方向と付近の状況を可能な限り随時確認して、他の競技者との衝突を回避するように注意すべき一般的な注意義務が存在することを否定することはできない」として、「他者との衝突を回避するというのは、道路で歩行する場合等も含め、日常的に広く認められる基本的注意義務というべき」としている点に大きな意義があると考えます。

判決では、スポーツ中といっても、他者に傷害を負わせるような衝突を避けるべき基本的注意義務があるとしているのです。スポーツ中の注意義務を考える場合、スポーツ中のプレーの萎縮(加害者のスポーツ権)とスポーツ中の安全性(被害者のスポーツ権)との比較衡量になりますが、生命身体の重要性からして、後者を優先させるべきことは明らかだといえるのではないでしょうか( https://gohda-law.com/blog/?p=632 参照)。もっとも、私は、スポーツ中の全ての傷害について、責任が生じると主張しているのではありません。あくまで、注意義務違反があった場合に限られるのであって、だからこそ、注意義務違反の有無の判断が重要となるのです。

 

(2) 社会的に許容される範囲の認定について

2審判決は、「本件競技がスポーツの一類型であることからすると、そのルールないしマナーに照らし社会的に許容される一定範囲内の行動は違法性が阻却されると解し得る」としつつも、「スポーツ競技中、ルール違反さえなければ常に違法性が阻却されるとは解することはできず、当該スポーツの性格や事故の生じた具体的状況に即して検討すべき」としています。これは、通常想定できる危険の範囲内であれば違法性を阻却し、その範囲を超えた場合には違法性を阻却しないとする通常想定内免責説(  https://gohda-law.com/blog/?p=593 参照)と同様に、一定範囲内であれば違法性を阻却するという見解(「限定免責説」といいます)を採用しています。

そして、これまで限定免責説を採用する判例では、後遺障害が残るような重度の傷害については、社会的に許容される範囲あるいは危険を引き受けている範囲を超えているとして、違法性を阻却しないとすることが多かったといえますが、本件2審判決では、限定免責説を採用しつつも、被害者に後遺障害が残らなかった本件においても一定範囲を超えているとして、違法性阻却を認めず、損害賠償責任を認めた点に大きな意義があるといえます。2審判決の認容額は10万円ですが、1審判決のように違法性が阻却され0円となるのと、違法性を阻却せず過失を認めて10万円の支払を認容するのとでは、その法的意義において雲泥の差があることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

なお、私は、スポーツ中のプレイヤー同士の事故について、スポーツをする人は一定程度危険を引受けているとしても、違法性阻却を検討するのではなく、過失の判断の中で検討すべきであり、ルール内免責説も通常想定内免責説も採用すべきではないと考えます。というのも、通常危険を引き受けているとする範囲の判断が困難なこと、きめ細やかな判断ができる過失の要素として検討すれば足りること、生じた結果から遡ってその違法性阻却の有無を判断することは結果責任に類する考え方であることから妥当でないと考えられるからです( https://gohda-law.com/blog/?p=632 参照)。

 

7 おわりに

上述したように、リングリレー2審判決の意義は、スポーツ中であってもコンタクトスポーツでない場合には他者に傷害を負わせないように衝突を回避する義務があること、そして、スポーツ中に社会的に許容される行動の範囲や通常想定される危険の範囲を従来よりも狭く解したことにあります。

私は、バドミントン事故判決やリングリレー2審判決を通じて、裁判所が損害を公平な分担すべく、従来よりも被害者救済に重きを置きはじめたことは間違いないと考えます。

 

 

指導者による暴力等の不適切な行為をなくすために④ ~「人間力なくして競技力向上なし」の本当の意味~

 

1 はじめに

「人間力なくして競技力向上なし」という言葉(スローガン)があります。尤もな言葉として皆さんは受け取られていることと思います。

競技力が向上すれば、人格が形成されたり、人間的に成長したりすること(以下まとめて「人間力の向上」)は、経験的に私たちが知るところだと思います。アスリートが絶え間ない努力を重ね、自らに厳しいトレーニングを課し、鍛錬の中で学びを得て、それが人間力の向上につながれば、これほど素晴らしいことはないでしょう。

ただし、私は、このスローガンについて気を付けなければならない点があると考えています。それは、指導者が、このスローガンを、人間力の向上がなければ競技力が向上しない、すなわち、人間力の向上が競技力の向上の必要条件のように考えてしまうことにあります。

 

2 人間力の向上が競技力の向上の必要条件か

人間力の向上が競技力の向上の必要条件かといえば、そのようなことはないと言わざるを得ないと思います。すなわち、アスリートの人間力の向上がなくても、競技力が向上することはあり得るということです。

競技力の向上に伴い人間力が向上することはよくあることで理想的なことといえますが、人間力の向上が競技力の向上の必要条件とまでは考えるべきではないのです。

そうだとすれば、このスローガンは「人間力の向上は競技力の向上につながる可能性が高い」という意味だと捉えるべきではないでしょうか。

そして、より重要であるのは、このスローガンが誰に向けられたものか、という点です。

 

3 指導者にとってのスローガン

たとえば、街のクラブチームの監督やコーチがこのスローガンのもと、子供たちの指導をするとします。スローガンを文字どおりに捉えれば、人間力の向上がなければ競技力が向上しないので、先ずは人間力を向上させないといけないということになります。子供たちの人間力を向上させるには、いけないことをしたら、ときに叱り、戒め、諭さなければなりません。

ところが、街のクラブチームの監督やコーチには、懲戒権がないのです( https://gohda-law.com/blog/?p=615 参照)。懲戒をせずに、子どもたちの人間力を向上させることは相当難しいことといえます。

人間力の向上は、本来、家庭において親権者が、あるいは学校において教育のプロである教員がなすべきであり、親権者でもなく、懲戒権を有しない、いわば教育の素人である第三者が、スポーツ指導において目標とすべきものではないと考えます。

それにもかかわらず、このスローガンを誤解して、人間力を向上させなければならないとして、懲戒権を有しないのに懲戒をしたり、それが行き過ぎて暴力を行使したり暴言を吐いてしまったりすることが懸念されるのです。

したがって、このスローガンは、指導者によって、指導の内容として実践されるべきものではない、すなわち指導者に向けられたものではないと私は考えます。

 

4 アスリートにとってのスローガン

多くの一流アスリートが語るように、真の競技力の向上には人間力の向上も必要な要素といえそうです。また、アスリートが不祥事を起こしてしまい自らのキャリアをふいにすることを防止し、現役を引退した後の人生を充実して生きるためにも、人間力の向上は必要なものでしょう。

そうだとすれば、このスローガンは、指導者によって他律的に実現されるべきものではなく、アスリートによって自律的に実現されるべきものであり、アスリートに向けられたものであるといえます。

 

5 まとめ

私は、このスローガンは、アスリートにとって、人間力の向上は競技力の向上につながる可能性が高いので、人間力の向上に努めましょう、という意味に捉えるべきだと考えます。

そして、指導者は、自立したアスリートの育成やスポーツを楽しめるアスリートを育てることを第一の目標としつつ、結果的にアスリートの人間力の向上があれば、それはそれで素晴らしい副次的成果が得られたと考えるべきだと思います。

 

 

スポーツ事故の被害者の方々へ ~バドミントン事故判決を踏まえて~

1  はじめに

私が訴訟代理人として一審及び控訴審を担当しましたバドミントン中のプレーヤー同士の事故について、10月29日付け讀賣新聞朝刊にコメントを掲載していただきました。この讀賣新聞の記事を契機として、さらに本件が各社により報道され、大きな話題となっています。

 

そして近時、本件以外の、私が訴訟代理人を担当しましたプレーヤー同士のスポーツ事故案件においても、被害者の損害賠償請求を認める東京高等裁判所の判決を得られました( 東京高判H30.7.19(H30(ネ)1024)、確定)。

 

私の考え方に対し裁判所によるお墨付きをいただいたことはとても喜ばしく思う一方で、報道における私のコメントも紙幅の関係からかなり言葉足らずとなっておりますので、ここで改めて説明を加えさせていただくと共に、スポーツ事故の被害者の方々へ向けてメッセージを送らせていただきたいと思います。

 

2 プレーヤー同士の事故

これまでスポーツ中のプレーヤー同士の事故においては、スポーツ中の事故を特別視し、スポーツ中の事故というだけで、被害者の損害賠償請求が認められないことが多かったといえます。このことが原因で、被害者が泣き寝入りをせざるをえなかった事案は相当数にのぼると考えられます。

これに対して私は、従前から、スポーツ中のプレーヤー同士の事故について、加害者に注意義務違反があれば、違法性を阻却する(違法性を無くする)ことなく、被害者の損害賠償請求が認められるべきあること主張させていただき、本欄でも述べさせていただいておりました( https://gohda-law.com/blog/?p=523 )。

私の依頼者も、何人もの弁護士に相談しても損害賠償請求は難しいと言われ、半ば諦めかけたところで、私の事務所に辿り着いた方が少なからずいらっしゃいます。

 

3 プレーヤー同士の事故における違法性阻却説

弁護士が損害賠償請求について難しいと回答する理由としては、プレーヤー同士の事故においては「著しくルールに反しない限り違法性が阻却される」(違法性阻却説)と考える法曹が少なからずおられることにあると思います( https://gohda-law.com/blog/?p=523 ママさんバレーボール事故判決 参照)。

しかし、スポーツ中の事故であっても、加害者であるプレーヤーに注意義務違反があれば、損害賠償責任を負うという、いわば当たり前の考え方が漸く裁判でも認められ始めたのです。

 

4 批判に対して 

この考え方に対し、よく聞かれる批判は、このような請求が認められるのであれば、思い切ってプレーをすることができずプレーを萎縮させる、ひいては加害者も含めたプレーヤーのスポーツをする権利やスポーツに親しむ権利を侵害する、というものです。

本当にそうでしょうか。

先ず、スポーツをする権利やスポーツに親しむ権利を主張する前に、他者を傷つけてはならない、あるいは傷つけないように注意しなければならない、ということは当然のことではないでしょうか。

そのような注意義務を前提とすれば、人を傷つければ、原則として違法となるのであり、よほどの特別な事情がない限り、違法性が阻却されることはないと考えるべきです。

次に、加害者や一般的なプレーヤーにおける思い切ってプレーできずプレーを萎縮させるという意味でのスポーツ権の侵害と、被害者における事故による全損害の負担や傷害によって被害者はプレーそのものができなくなるという意味でのスポーツ権の侵害を比べてみれば、後者の侵害が遥かに深刻で、後者のスポーツ権を優先的に保護すべきであることは明らかであると思います。

 

5 加害者のスポーツ権と被害者のスポーツ権

スポーツ権の保障について、本件の一審(東京地判H30.2.9、判例秘書L07330064、Westlaw 2018WLJPCA02096006)は、
「ルールに著しく反しない行為である以上、どのような態様によるものであってもそれによって生じた危険を競技者が全て引き受けているとはいえないことは明らかである。……ルールに著しく違反しない限り、違法性が阻却されると解することは相当ではない」
とし、
「一定の危険を伴うスポーツの競技中に事故が発生した場合に常に過失責任が問われることになれば、国民のスポーツに親しむ権利を萎縮させ、スポーツ基本法の理念にもとる結果になるから、本件については違法性が阻却されるべきである」
との加害者側の主張に対し、
「結果回避可能性が認められる場合についてまで、スポーツ競技中の事故であるからといって過失責任を否定することは、スポーツの危険性を高めることにつながりかねず、国民が安心してスポーツに親しむことを阻害する可能性がある」
としています。

 

6 判決の評価と報道について

私ごときが判決を評価するなどおこがましい限りですが、一審の判決書の上記箇所を読んだ時の感動は忘れられないものがあります。長らく我々原告側が訴えてきた主張を正面から認めてくれたからです。その意味で、一審判決は画期的な判決であり、控訴審判決に劣らない先例的価値があると思います。

そして繰り返し私が主張してきました、スポーツ中のプレーヤー同士の事故においては、原則として違法性は阻却しないとした上で、損害の公平な分担の見地から、過失割合の判断の中で様々な事情を考慮して加害者の責任について判断すべきであるという考え方が採用されたものと考えています。

控訴審においては、このような考え方を前提として、過失割合を検討したところ、被害者には過失がなく、過失相殺をすることは相当ではないとしたため、認容額は増え、より被害者救済に資する判決となっています。

ただ、報道においては、控訴審が過失相殺をしなかったことだけが大きくクローズアップされる傾向があり、このままでは過失割合の話に終始し、上記画期的判断の意義について、見失われかねないことを懸念しています。

 

7 控訴審判決書(東京高判H30.9.12(H30(ネ)1183))について

控訴審判決(東京高判H30.9.12(H30(ネ)1183))については、裁判所ホームページの裁判例情報( http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/216/088216_hanrei.pdf )及び各種判例検索サイトに掲載されておりますので、ご参照ください。

なお、上記のように、控訴審判決は基本的には一審判決を踏襲した上で、過失相殺について

「損害の公平な分担の見地から、本件事故により生じた被控訴人(被害者)の損害の一部を同人に負担させるべき事情が同人側に存在すると認めるに足りる証拠も見当たらないから、過失相殺ないし過失相殺類似の法理により本件事故により生じた被控訴人の損害の一部を同人に負担させる理由はないというべき」

としています。

 

8 保険・補償制度について

先にスポーツにおけるプレーの萎縮について触れましたが、プレーの萎縮を避けて一般プレーヤーのスポーツ権を確保しつつ、被害者の救済及びそのスポーツ権を保障することをも考えるならば、保険制度や補償制度の整備について真剣に検討すべき時が来ているのではないでしょうか。
国も、スポーツ基本法において、スポーツ立国を標榜するのであれば、スポーツにおける保険制度や補償制度について、国を挙げて早急に検討・対応すべきだと強く思います。

 

9 最後に

プレーヤー同士の事故に限らず、スポーツ事故において傷害を負わされた被害者の方々へ向けて、以下の言葉を贈りたいと思います。

「決して諦めないで下さい。容易い道ではありませんが、裁判所の門戸は開いています。」

 

 

 

 

民事法上の違法と刑事法上の違法

1 日大アメフト事件に関して、数社の報道機関から取材を受けました。取材の主題は、タックルをした日大選手に、刑事責任あるいは民事責任が生じるか、というものでした。

記者の方の取材に応じる中で、「違法の相対性」や「法秩序の統一性」について、説明する必要性を痛感しました。

 

2 ある行為に関して、民事法上の責任と刑事法上の責任とが各別の手続きにより問われ、結果的に、民事法上の責任の有無と刑事法上の責任の有無とが一致しない場合があります。

このような相違は、民事法における違法の評価と刑事法における違法の評価との不一致が原因のひとつとなっていることがあります。

では、そもそも、このような違法の評価の不一致が許されるのでしょうか。

 

3 法秩序は可及的に統一的であるべきことを理由として、民事法における違法の評価と刑事法における違法の評価とは一致すべきであるべきだという主張があります。

しかし、民事法における要件・効果と刑事法における要件・効果が異なること、刑事法の補充性・謙抑性として刑罰は最後の手段として補充的に用いられるべきであることからして、違法の評価はできるだけ統一的であることが望ましいものの、民事法で違法と評価されても、刑事法では違法と評価されないこともあり得ると考えるべきです。

なお、民事法上は適法であっても、刑事法上は違法であることを認める立場もありますが、刑法の補充性、謙抑性から、少数説に止まっています。

 

4 以上に述べたことを、日大アメフト事件に関連して検討をしてみます。

実際には、日大選手は、クォーターバックに怪我をさせようとして(本人の記者会見でそのように述べています)反則行為であるタックルに及んでいるため、民事法上も刑事法上も違法であると評価され、責任を負う可能性が高いといえます。

これに対して例えば、日大選手が、クォーターバックがパスをした直後に怪我をさせる意図(故意)がなくタックルをして怪我をさせてしまった場合で、日大選手はタックルをすることを避けようと思えば避けられたケースでは、どうでしょうか。

このケースについて民事法上の責任を考えると、日大選手はパスをした直後とはいえ、ボールを持っていないクォーターバックにタックルしており、その上タックルを避けようと思えば避けられるケースであるため、違法と評価されて(違法性は阻却されず)、過失も認められ、責任を負う可能性があります。これに対して、刑事法上は、先ほど述べた刑事法の補充性、謙抑性の観点から、違法と評価されず、責任を負わない可能が高いと思われます。

このように、民事法上は違法と評価されても刑事法上は違法と評価されない場面が出てきます。

 

5 市民生活を送る上で、違法と評価される行為は、民事法上も刑事法上も統一的であることは分かりやすいですし、望ましいといえます。

しかし、民事においては殆どの場合に最終的に金銭の支払により解決されるのに対し、刑事においては懲役・禁錮(場合によっては死刑).などの重大な刑罰を科せられることを考えれば、この違法の評価の相対性はやむを得ないものといえるのではないでしょうか。

 

 

 

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