弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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書類送検について

1 岐阜県の天然記念物の岩にくさびが打ち込まれたとの報道について本欄でも取り上げました(「『天然記念物の岩にくさび』報道について」)。
この続報として9月30日に、男性のクライマーが書類送検されたとの報道がなされました。
本件に関しては、最初の報道において警察が捜査を開始したことが伝えられ、その報道を契機に当該クライマーが直ぐに警察・関係機関に名乗り出たことが伝えられていました。

この「クライマーが書類送検された」との報道について考えてみたいと思います。

2 そもそも「書類送検」とはどのようなことを指すのでしょうか。

刑事訴訟法をみてみましょう。
同法246条では「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。」とされています。
分かりづらい法律用語が並んでいますが簡単にいうと、警察は捜査をしたなら原則として関係書類と証拠を検察官に送らなければならないということです(全件送致主義。但書の例外は微罪事件※1)。条文にある「検察官に送致すること」を略して「送検」といいます。

また、203条1項では「司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取ったときは、……被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。」とされています。
これは被疑者(報道でいう「容疑者」※2)の身柄が拘束された身柄事件に関する条項です。なお、被疑者の身柄が拘束されない事件を在宅事件といいます。
身柄事件においては、在宅事件と比べて、身柄拘束時から送検までの時間が48時間以内とされ、関係書類・証拠と共に身柄が検察官に送致される点が異なります。

 ここで大切なのは、在宅事件でも身柄事件でも捜査された場合には原則として送検されるということと、「書類送検」は厳密には法律用語ではないということです。

3 それでは、以上のことを報道する立場で考えてみましょう。

身柄事件においては、逮捕が送検の前に行われるため、逮捕の事実が報道されることが多く、その後の送致の事実を伝えられることは殆どないと言えます。逮捕は、被疑者が身柄拘束されるので、報道機関にとっては報道価値が高いといえます。これに対して、送検は、上述したように逮捕された以上は、原則として送検されるため、あまり報道価値のないことといえます。

在宅事件においては、身柄拘束の必要がない軽微な事件であることが多く、捜査は秘密裏に行われることから、送検まで報道機関としては事件の存在を把握しづらいといえます。

そこで、報道機関は、在宅事件において、身柄事件の逮捕に代わる報道価値があるものとして、送検を見出し、身柄事件の送検(関係書類、証拠、身柄)と区別して「書類送検」と称しているものと考えられます。

4 法律相談において、「私は被疑者(容疑者)として警察の捜査の対象となっているようですが、私は今後、書類送検されるのでしょうか」という質問をよく受けます。

在宅事件であれば、微罪処分として送検されないように努めることはありますが、刑事手続の流れとして被疑者として捜査がなされた以上は送検されるのはごく当たり前だという感覚の実務法曹は多いと思います。

ところが、報道では、在宅事件において「書類送検」という用語が頻繁に登場します。そうすると、一般には、「書類送検」が何か特別な意味を持つように考えている方が多いように思います。

5 今回の岐阜の天然記念物にくさび事件では、捜査が既に始められていたこと、その後直ぐに被疑者が名乗り出たことは上述したとおりです。
被疑者が名乗り出たとの報道では、氏名こそ公表されませんでしたが、その人物の特定は難しいことではないと思います。そうだとすれば、報道がなされた時点で、その程度は低いとはいえ、ある種の社会的制裁が加えられたことになります。
そして手続の流れとして被疑者として捜査された場合に送検されるのが原則であり、ごく当たり前の手続きの流れであるにもかかわらず、更に送検の報道をすることで、2度目の社会的制裁を加えることになります。

本件においては、既に被疑者について報道されていること、被疑者も事実関係を認めていること、過去に打たれたボルト(くさび)が老朽化のため危険であるから打ち替えたに過ぎないこと(少し取材すれば分かりますし、報道もなされています)からすれば、被疑者に2度も社会的制裁を加える必要など全くないと考えます。

このような報道のあり方には疑問を感じざるを得ません。

6 また、刑事手続には、無罪推定の原則があります。この原則は、被疑者や被告について、「刑事裁判で有罪が確定するまでは『罪を犯していない人』として扱わなければならない」とするもので、憲法において保障されています。 

確かに、報道機関が被疑者の逮捕、勾留、送検、起訴などの報道をすることは、単に事実を報道しているだけともいえますが、日本における刑事裁判における有罪率の高さからすると、報道の受け手としては当該被疑者を限りなく黒(有罪)に近いものとして捉えがちです。

無罪推定の原則や社会的影響力の大きさからすれば、報道機関は、被疑者に関する報道では、もっと慎重であるべきです。

7 以前本欄で、報道機関が被告人を「被告」と表記して報道するために、一般人には、民事事件の被告と刑事事件の被告人との区別がつかなくなり、混乱を招いていると書きました(「『被告』と『被告人』)。

インターネットの発達により、一般人が情報を発信できるようになったといえ、報道機関の影響力はいまだ絶大であるといえます。

報道機関は、その有する報道の自由を行使し、国民の知る権利に資するべきですが、他方で、その有する絶大な権力を自覚し、人権侵害はもとより国民に混乱を招くような報道は可及的に回避すべきものと考えます。

 

 

※1 微罪事件・微罪処分については犯罪捜査規範に下記のように規定されています。
 第198条 捜査した事件について、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ、検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては、送致しないことができる。

※2 報道機関で頻繁に登場する「容疑者」という用語は、被疑者とほぼ同義といえますが、それならば何故、被疑者とせずに容疑者とするのか明らかではありません。

 

 

 

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