弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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登山届提出の義務化の是非について

1 平成27年7月1日に、国会において「活動火山対策特別措置法の一部を改正する法律」(以下「改正活火山法」)が成立し、登山者等の登山届提出が努力義務とされました。

また「岐阜県北アルプス地区及び活火山地区における山岳遭難の防止に関する条例」(平成26年12月1日施行、以下「岐阜県条例」)においても、登山届提出が義務とされ、違反者に対する罰則規定が設けられています<註1>。

これらより以前の例として、「富山県登山届出条例」(昭和41年施行、以下「富山県条例」)及び「群馬県谷川岳遭難防止条例」(昭和42年施行、以下「群馬県条例」)があり、両条例とも、登山届提出を義務としており、更に提出された登山届の内容を事前にチェックするもので、未提出者や登山計画変更の勧告に従わない者に対する罰則が規定されています。

2 これら登山届提出を義務とした条例・法律は、下記の3類型に分類できます。

(1) 罰則強制・内容チェック型
これは、公的機関が登山届の提出を罰則をもって強制し、登山計画の妥当性まで判断するという強度の義務が規定された型です。先に挙げた富山県条例と群馬県条例これに当たります。
なお、この二つの条例は昭和40年代の古い条例ですが、対象を特に遭難事故の多い山岳・時期に限定していることに注目すべきでしょう。

(2) 罰則強制型
登山届の提出を罰則をもって強制するものであり、岐阜県条例がこれに該当します。
岐阜県条例は昨年制定され、新聞紙上でも議論があったところです。岐阜県条例は、登山届提出の対象となる時期について、富山県条例や群馬県条例のような限定がなく、対象となる山岳についても、ある程度広い範囲とされています。

(3) 努力義務型
登山届の提出を努力義務とするものです。努力義務は、義務として規定されていても、義務の履行を強制するための罰則規定等がないものをいいます。
改正活火山法においては、登山届の提出は努力義務とされています<註2>。

3 予てより、入山届提出の義務化は議論があったところです。
登山は、本来自由な行為であり、その規制は必要最小限度にとどめるべきであり、国や地方公共団体等(以下、「公的機関」)に届を出してお伺いをたてるような行為ではない。また、登山届を出させたからといって、山岳遭難事故防止の実効性には疑問がある。これらが、反対論者の根拠として挙げられています。
これに対して、登山届を出させることで、登山者に慎重な計画を立てることを促し、もって自らの実力を超えた無謀な登山を防止する。そして登山届の情報により迅速かつ的確な救助活動ができる。これらが賛成論者の根拠です。

さて、どう考えるべきでしょうか。

4 賛成論者のいうように、登山届を出させることは、慎重な計画立案を促し、無謀な登山を防止するという点で一定の効果が期待できます。また、登山届記載の情報が、救助の際に大きな役割を果たすことも少なくないでしょう。

また、 朝日新聞(8月10日付け)によれば、北アルプスで登山者100名(男性73名、女性27名)にアンケートをとったところ、登山届の提出義務化に賛成する登山者が実に96名(96%)もいたそうです(反対が4名)。また昨年の調査ですが、ヤマケイ登山総合研究所の同様の調査でも86%が賛成したそうです。これらの数字からは、昨年から既に登山届提出の義務化に賛成する登山者が大半を占め、今年に至って、賛成者は更に増え、殆どの登山者が登山届の提出義務化に賛成していることがうかがえます。

5 これらのことからすれば登山届の提出義務化に全面的に賛成しても良さそうなものです。しかしながら、私は、登山届提出を義務とすることはやむを得ないとしても、努力義務にとどめるべきだと考えます。

登山は、本来、自らの責任のもと、危険を引き受けた上で、思うがままに山岳を登る行為であり、「思うがままに登る」自由の中に、当然のこととして登山を計画する自由も含まれると解されるべきです。
公的機関が、予め登山届の内容をチェックして、危険だから止めさせる事ができるとすれば、それは本来的意味での登山という行為(登山の自由)を著しく侵害する規制であると考えます。登山における冒険的で偉大な登山の記録は、多かれ少なかれ、その当時の感覚からすれば無謀な行為です。公的機関による事前チェックがなされるとすれば、冒険的で偉大な登山の計画の大多数がはねられてしまい、そのような記録は生まれないと考えられます。

また、事前の登山届提出を罰則をもって強制することも、登山本来の意義を損なうものです。すなわち、本来自己責任でなすべき登山であるのに、登山届を提出しない場合には違法となり、仮に登山届を出したとしても、その後の計画の変更の蓋然性が高い場合(冒険的な登山では十二分にあり得ることです)、虚偽の内容の登山届を出したととられかねず、違法となる可能性があります。

近年、大多数の登山者の登山に対する考え方が、冒険的、あるいは先鋭的な登山から、より気楽に山岳に親しむための登山に変わってきました。そのような登山者は得てして危険や自己責任に対する意識も希薄であることから、登山届を出させることの有効性は否定できず、登山届提出の義務化の流れは止めようもありません。しかし、繰り返し述べてきたように、本来登山は、自らの責任のもと、「思うがままに登る」行為である以上、登山届提出を義務化するとしても、強制を伴わない努力義務にとどめるべきです。上記の型でいえば、(3)の努力義務型が妥当であると考えます。

最終的には、この問題は登山者の自覚にかかっています。登山はどのような低山でも生命の危険があるのであり、自らの身は自らの責任で守るべきことを認識して山に臨まなければ、たとえ登山届提出を罰則をもって強制し登山届を出させたとしても、無自覚な登山者の遭難事故が減ることはないと思います。

6 以上のように、登山届の提出義務について考える際には、単に目先のメリット、デメリットだけで判断するのではなく、登山における先達が成し遂げた偉業にも慮り、登山の本来的意義にたちかえるべきであると考えます。 

<註1> 「届出をせず、又は虚偽の届出をして……登山した者は、五万円以下の過料に処する」(同条例7条)とする規定はありますが、事前の登山届の内容をチェックする規定はありません。
<註2>  改正活火山法は、法律であることから、条例と異なり全国に適用され、登山者の自由を広く規制するものといえますが、対象の火山を限定しており、御嶽山の噴火事故を教訓に制定されたことをも合わせて考えれば、妥当な法律であるといえるでしょう。

 

 

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