サプリメントと「汚染製品」(JADC10.6.1.2)
1 はじめに
アンチ・ドーピングに関し、サプリメントの危険性は本欄でもとり上げてきました。
実際にサプリメントによる違反があった場合に、「汚染製品」という概念が相俟って、資格停止期間の短縮もあり得るところです。
ただ、一般のアスリートには、日本アンチ・ドーピング規程(以下「JADC」)の複雑な条文を読み解くことが難しいと思われるので、ここで整理しておきたいと思います。
2 サプリメントの危険性
⑴ サプリメントの服用
アスリートは、個人差はありますが、サプリメントを摂取する傾向があり、競技力向上のためにはあらゆることを試すという意味で理解ができないとはいえません。
しかし、サプリメントには、医薬品のように法律上その成分を全て表示することが義務付けられていないため、禁止物質が入っているか否か判断することは難しい状況となっています。
このことで、禁止物質が入っていることが確認できずにドーピング違反となってしまったり、稀なケースですが、いわゆるコンタミでドーピング違反になってしまったりする事例があります。
⑵ 「コンタミ」とは
ここで、「コンタミ(contamination)」は、アンチ・ドーピング規程上の概念ではないのですが、食品、医薬品、サプリメント等を製造する際に、原材料としては使用していないにもかかわらず、特定の物質等が意図せずして混入することを指します。
アスリートとしては、製造過程でのコンタミは知りようもないのですが、ドーピング検査で陽性となれば、JADCによる厳格責任により、ドーピング違反となってしまいます。
⑶ サプリメントと汚染製品
サプリメントによるドーピング違反となるリスクを考えると、サプリメントを摂取することは余程慎重にならざるを得ないのですが、それでもサプリメントを摂取する場合もあるかもしれません。
そして、不幸にもサプリメントの摂取により、ドーピング違反となってしまった場合に「汚染製品」という概念があり、資格停止期間の短縮が望めるかもしれませんので、以下ではその点について説明します。
3「過誤又は過失がないこと」とサプリメントによる違反
⑴ 「過誤又は過失がないこと」とは
JADC10.5によれば、過誤又は過失がない場合には資格停止期間が取り消されるものとされています。
そこで「過誤又は過失がないこと」とは、「競技者又はその他の人が禁止物質若しくは禁止方法の使用若しくは投与を受けたこと、又はその他のアンチ・ドーピング規則に違反したことについて、自己が知らず又は推測もせず、かつ最高度の注意をもってしても合理的には知り得ず、推測もできなかったであろう旨を当該競技者が立証した場合をいう。要保護者又はレクリエーション競技者の場合を除き、第2.1 項の違反につき、競技者は禁止物質がどのように競技者の体内に入ったかについても立証しなければならない。」(JADC付属文書1定義)と定められています。
⑵ 「過誤又は過失がないこと」とサプリメントによる違反
「過誤又は過失がないこと」とサプリメントによる違反について、JADC10.5の解説では、以下のように述べられています。
「『過誤又は過失がないこと』は、次の場合には適用されない。
ビタミンや栄養補助食品の誤った表記や汚染が原因となって検査結果が陽性になった場合(競技者は自らが摂取する物に関して責任を負う(JADC2.1(禁止物質・代謝物・マーカーの存在))とともに、サプリメントの汚染の可能性に関しては競技者に対して既に注意喚起がなされている。)。<以下略>」
すなわち、サプリメントによる陽性反応が出た場合には、誤った表記や汚染・コンタミがあったとしても、「過誤又は過失がない」と認められないということになります。
4「重大な過誤又は過失がないこと」と「汚染製品」
⑴ 「重大な過誤又は過失がないこと」に基づく資格停止期間の短縮
ア 資格停止期間の短縮
サプリメントにより違反になった場合、上記のように「過誤又は過失がないこと」による資格停止期間の取り消しは極めて難しいといえるものの、「重大な過誤又は過失がないこと」により、資格停止期間が短縮又は資格停止を伴わない譴責となることはあり得ます(JADC10.6)。
そして「『重大な過誤又は過失がないこと』に基づく資格停止期間の短縮」とは、JADC2.1、JADC2.2(禁止物質・禁止方法の使用・使用の企て)、JADC2.6(禁止物質・禁止方法の保有)の違反に対する、特定の状況における制裁措置の短縮をいいます(JADC10.6.1)。
イ JADC10.6.1の適用場面
JADC10.6.1は、JADC2.1、JADC2.2、JADC2.6の違反に関してのみ適用されることに注意が必要です。すなわち、JADC10.6.1は、JADC2.3(検体採取の回避・拒否・不履行)やJADC2.4(居場所情報関連義務違反)等に対しては適用されません。
ウ 「特定の状況」
資格停止期間の短縮「特定の状況」(JADC10.6.1)とは、「特定物質又は特定方法」(JADC10.6.1.1)、「汚染製品」(JADC10.6.1.2)、「要保護者又はレクリエーション競技者」(JADC10.6.1.3)のことを指します。
エ 「重大な過誤又過失がないこと」
「重大な過誤又は過失がないこと」とは、「競技者又はその他の人が、事情を総合的に勘案し、過誤又は過失がないことの基準を考慮するにあたり、アンチ・ドーピング規則違反との関連において、当該競技者又はその他の人の過誤又は過失が重大なものではなかった旨を立証した場合をいう。要保護者又はレクリエーション競技者の場合を除き、JADC2.1の違反につき、競技者は禁止物質がどのように競技者の体内に入ったかについても立証しなければならない。」(JADC付属文書1定義)とされています。
オ 侵入経路とサプリメント
サプリメントによるJADC2.1違反は、アスリートが複数のサプリメントを服用していることも多く、禁止物質検出の原因となるサプリメントの特定は、検査費用のコストがかかります。
とりわけコンタミの場合には、禁止物質が混入したサプリメントの特定について困難を極めます。
そこで、従前にも本欄で書きましたが、サプリメントを全部服用してしまうのではなく、少しだけ残しておいて、万が一陽性反応が出た際に、検査できるようにしておくことを強くお勧めします。
⑵ 汚染製品(JADC10.6.1.2)による停止期間の短縮
ア 「特定の状況」による資格停止期間の短縮は累積的ではない
上述したように、JADC10.6.1では、「重大な過誤又は過失がない」場合における「特定の状況」(JADC10.6.1)とは、「特定物質又は特定方法」(JADC10.6.1.1)、「汚染製品」(JADC10.6.1.2)、「要保護者又はレクリエーション競技者」(JADC10.6.1.3)とされ、「JADC10.6.1に基づく短縮の一切は、相互に排他的で累積的ではない」とされています。
すなわち、禁止物質が特定物質又は特定方法であったり、競技者が要保護者又はレクリエーション競技者であったりした場合には、「汚染製品」であることによる累積的な期間の短縮はないということになります。
裏を返せば、「汚染製品」は、禁止物質が非特定物質である場合であり、なおかつ競技者が要保護者やレクリエーション競技者でない場合に適用されるものだといえます。
ただし、「汚染製品」に禁止物質が由来することは、禁止物質が特定物質である場合にも、要保護者やレクリエーション競技者の場合にも、「重大な過誤又過失がないこと」の一つの要素となることはあり得ます。
イ 「汚染製品」とは
「汚染製品」とは、「製品ラベル又は合理的なインターネット上の検索により入手可能な情報において開示されていない禁止物質を含む製品」(JADC付属文書1定義)のことを指します。
入手可能か否かの基準は示されていませんが、検索であれば「合理的な」検索をする必要があるということになります。大切なことは、事前に情報の入手を試みること、試みたことを証拠として残しておくことです。
ウ 汚染製品由来による資格停止期間の短縮
JADC10.6.1.2 によれば、「競技者又はその他の人が『重大な過誤又は過失がないこと』を立証できる場合において、検出された禁止物質(濫用物質を除く。)が汚染製品に由来したときには、資格停止期間は、競技者又はその他の人の過誤の程度により、最短で資格停止期間を伴わない譴責とし、最長で2 年間の資格停止期間とするものとする。」とされています。
すなわち、重大な過誤又は過失がないことを立証する場面において、「汚染製品」に由来したことを立証できれば、譴責から資格停止2年に軽減される可能性があります。
⑶ 「汚染製品」に関する解説
JADC10.6.1.2の解説によれば、以下のように述べられています。
⒜ 本項(JADC10.6.1.2)の利益を受けるためには、競技者又はその他の人は、検出された禁止物質が汚染製品に由来することを立証するのみならず、「重大な過誤又は過失がないこと」も別途立証しなければならない。
⒝ また、競技者は栄養補助食品を自己のリスクにおいて摂取することを告知されていることにも留意すべきである。
⒞ 「重大な過誤又は過失がないこと」に基づく制裁措置の短縮は、競技者が汚染製品を摂取する前に高度な注意を払った場合を除き、汚染製品の事案で適用されたことはほとんどない。
⒟ 競技者が禁止物質の出所(source)を立証することができるか否かを評価するのにあたり、例えば、当該競技者が当該汚染製品を実際に使用したことを立証するために、当該競技者がドーピング・コントロール・フォームにおいて後日汚染されていると判断された製品を申告していたかどうかは重要である。
⒠ 本項は、何らかの製造過程を経た製品以外にまで適用されるべきではない。違反が疑われる分析報告が、合理的な人がアンチ・ドーピング規則違反のリスクを予期しない状況における水道水や池の水などの「非製品」の環境汚染ある場合には、通常は、第10.5項に基づき、過誤又は過失は存在しない。
以上において、⒜、⒞、⒟は特に重要です。⒜・⒞は、「汚染製品」に禁止物質が由来することを立証したとしても「重大な過誤又は過失がないこと」は別途立証しなければならず、その際「汚染製品を摂取する前に高度な注意を払ったこと」の立証も必要だということがわかります。⒟は、服用したサプリメントを必ずドーピング・コントロール・フォームにて申告することの重要性がわかります。
5 おわりに ~サプリメントの服用・「汚染製品」に関するまとめ~
◆「汚染製品(禁止物質が汚染製品に由来すること)」(JADC10.6.1.2)は、JADC2.1、JADC2.2又はJADC2.6違反に関し、「重大な過誤又は過失がない」ことによる資格停止期間の短縮に関わる。
◆「汚染製品」(JADC10.6.1.2)は、要保護者やレクリエーション競技者ではない競技者による非特定物質に関する違反に関して適用される。
◆「汚染製品」(JADC10.6.1.2)の立証だけで資格停止期間が短縮されるのでなく、別途「重大な過誤又は過失がないこと」を立証しなければならない。加えて、JADC2.1違反の場合には侵入経路も立証する必要がある。
◆サプリメントを服用する際には、合理的なインターネット上の検索等により入手可能な情報を得てその安全性を確認するなど、高度な注意を払う必要があり、侵入経路の立証のために、当該サプリメントを若干量保存しておくこと、ドーピング・コントロール・フォームにて服用した全てのサプリメントを申告することが重要である。